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唐津城 からつじょう

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日本の城がわかる事典の解説

からつじょう【唐津城】

佐賀県唐津市東城内にあった城。市街地北部の松浦川が唐津湾に注ぐ河口の左岸、満島山(まんとうざん)上に本丸が配され、その西側に二の丸、三の丸が配された連郭式の平山城(ひらやまじろ)である。北面は唐津湾に面するため、海城ともいわれ、萩城とともに海にそびえる石垣がみられる。築城は江戸時代初期の1602年(慶長7)で、江戸時代を通じて唐津藩の藩庁となり、廃城後、本丸は舞鶴公園となった。現在、模擬天守、櫓(やぐら)や門が建てられ、石垣・堀が復元されている。JR唐津線唐津駅から徒歩15分。◇舞鶴城(まいづるじょう)ともいう。

出典|講談社
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

唐津城

初代唐津藩主・寺沢広高が、1602(慶長7)年~1608(慶長13)年に築城したと伝えられる。満島山を本丸に南西の砂丘に二の丸三の丸を配置。虹の松原と西の浜の松原が弧を描いて東西に広がっている姿から舞鶴城とも呼ばれる。現在の模擬天守は1966年に建設。築城400年の2008年度から市は石垣再築整備事業を開始。市教委も発掘調査を進めている。

(2011-06-22 朝日新聞 朝刊 佐賀全県 1地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

からつ‐じょう〔‐ジヤウ〕【唐津城】

唐津市にあった城。寺沢広高が慶長7年(1602)から同13年にかけて築城。天守閣は建造されなかったようで、現存の天守閣は戦後のもの。舞鶴城。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

唐津城
からつじょう

江戸期の城。平山城(ひらやまじろ)。佐賀県唐津市東城内にあり、別称を舞鶴(まいづる)城という。唐津藩主の寺沢広高(ひろたか)が築いた城で、築城時期については1602~08年(慶長7~13)説と1608~12年(慶長13~17)説とがあり、名護屋(なごや)城の後詰(ごづめ)として築いたか、名護屋城廃城後その資材を用いて築いたか意見が分かれる。寺沢氏は2代堅高(かたたか)のとき断絶し、そのあと大久保、松平(大給(おぎゅう))、土井、水野、小笠原(おがさわら)氏が入った。往時天守閣があったかどうか不明で、現在の天守閣は1966年(昭和41)に建てられたものである。[小和田哲男]

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