コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

嘆きの壁 なげきのかべ Wailing Wall

翻訳|Wailing Wall

5件 の用語解説(嘆きの壁の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

嘆きの壁
なげきのかべ
Wailing Wall

エルサレム旧市西境の城壁の一部。ユダヤ人の間では『詩篇』に歌われたソロモンの神殿の城壁の跡と伝えられ,聖なる場所とされている。毎週金曜日ユダヤ教信徒はこの壁の前に集って神殿の破壊 (前 597,後 70) を嘆き,聖地の回復を祈って涙を流すが,この慣習は中世に始ったものと思われる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

なげき‐の‐かべ【嘆きの壁】

Wailing Wallエルサレム旧市街の西側の城壁の一部の呼称。ユダヤ王ヘロデの時代に改築され、紀元70年にローマ軍によって破壊されたエルサレム神殿唯一の遺構。ユダヤ人の聖地とされ、中世以来、ユダヤ人はこの壁に額を押し当て、聖なる都の滅亡と神殿の荒廃を嘆き、その回復と復興を祈ってきた。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

嘆きの壁【なげきのかべ】

エルサレム市内にあるソロモンの神殿(エルサレム神殿)の遺構の一部。後70年のローマ軍による破壊以来,離散のユダヤ人の統合のシンボルとなっていたが,イスラム教徒にとっても聖域の一部であり,その使用をめぐって1925年〈嘆きの壁事件〉が勃発,アラブ・ユダヤ紛争の発火点となった。
→関連項目聖地問題

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

大辞林 第三版の解説

なげきのかべ【嘆きの壁】

エルサレム神殿の西側の遺構の一部。紀元後70年ローマ軍によって破壊され多数のユダヤ人が殺された。ユダヤ人はこの壁に額をつけ、神殿の荒廃を嘆き、涙を流してその回復を祈る。イスラム教のモスクがあり、その聖域でもある。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

嘆きの壁
なげきのかべ
Wailing Wall

ヘロデ王(前37―前4)がエルサレム神殿の増改築を行った際、構築した神殿の丘西側擁壁の一部。現在残っている壁の地上部分は、長さ約50メートル、高さ約20メートル。頂までの石積み43段のうち上部17段は後代のものであるが、下部の26段は、長さ4~5メートル、高さ1メートルもの規模の、ヘロデ時代特有の縁どりのある切り石を用いている。現在下部の15段はまだ地表下に埋没している。ローマに対する絶望的な反乱(132~135)が悲劇に終わったのち、ユダヤ人はエルサレムに立ち入ることを禁止された。ようやく4世紀に彼らは年1回、神殿が破壊された日と伝えられるアブの月9日に神殿の廃墟(はいきょ)を訪れて、神殿の消失と国の滅亡を嘆くことが許された。のちに神殿跡にイスラムの聖所が建設されるに及んで、嘆きの場所は西壁に移り今日に至っている。現在ではユダヤ人のたいせつな聖地になっている。1948年エルサレムは、旧市がヨルダン、新市がイスラエル側に分割され、この壁は前者側に属したが、67年第三次中東戦争においてイスラエルがこれを占領した。[石川耕一郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の嘆きの壁の言及

【エルサレム】より

…この区域はもとソロモンの建立した第一神殿,またバビロン捕囚後に再建された第二神殿があった場所で,モリヤMoriahの丘とも呼ばれた。ハラム・アッシャリーフを囲む東・南・西側の壁は,ヘロデ王時代以来のものと見られるが,その西壁(ハ・コテル・ハマーラウィー)には第一神殿の遺構があると考えられ,近代においてユダヤ教徒はこれを〈嘆きの壁〉として特に重要視するようになった。旧市街にはイエスの十字架の死を記念する聖墳墓教会(ゴルゴタの丘の跡にあるとも信じられている)をはじめ,キリスト教の聖地が多数存在する。…

【嘆きの壁事件】より

…1929年に起こった〈嘆きの壁〉をめぐるユダヤ人とパレスティナ・アラブとの紛争。ユダヤ教徒にとって,紀元70年にローマ軍によって破壊されたソロモンの神殿の再建は最重要な課題であった。…

※「嘆きの壁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

嘆きの壁の関連キーワードエルサレム王国帰るさエルサレム賞西エルサレム東エルサレムエルサレム考古学公園「エルサレム」亭の対決エル・サロン・メヒコsalt wallwall-cress

今日のキーワード

信長協奏曲(コンツェルト)

石井あゆみによる漫画作品。戦国時代にタイムスリップした現代の高校生が病弱な織田信長の身代わりとして生きていく姿を描く。『ゲッサン』2009年第1号から連載開始。小学館ゲッサン少年サンデーコミックス既刊...

続きを読む

コトバンク for iPhone

嘆きの壁の関連情報