四座雑色(読み)しざのぞうしき

百科事典マイペディアの解説

江戸時代,京都町奉行の下で禁裏・摂関家などの供奉・警固,将軍・所司代などの送迎・警固,祇園会ほかの寺社祭礼の警固,牢屋敷管理,洛中・洛外の検使・追捕・刑場・法廷の立会,洛外の法令伝達,芸能興業取締などにあたった町役人。四条室町辻で京都を4分割して各方面(方内(ほうだい)という)を上雑色とよばれた五十嵐(北西)・荻野(北東)・松村(南西)・松尾(南東)の4家が統轄したので四座の名がある。上雑色の下には下雑色(各2名)・見座・中座ほかがいた。室町時代,侍所で祇園会警固・召人搦捕などの雑事に従事した小舎人雑色が淵源。1601年所司代板倉勝重が四座に各方内を分担させ,以来幕府の京都支配機構の末端に組み入れられた。→雑色

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世界大百科事典 第2版の解説

江戸時代,京都町奉行のもとで治安維持や公武の諸儀式の警固,囚人の監督等に従事した町役人。五十嵐,荻野,松村,松尾の4氏が統括したので四座と称した。四座雑色の起源室町幕府で京都の検断を行った侍所の小舎人雑色にもとめられるが,江戸幕府による京都支配機構の末端に組み入れられたのは1601年(慶長6)板倉勝重が四座に四方内を分担させて以来のことである。もとは荻野,五十嵐の2氏のみであったが,足利義政ころに松尾,松村の2氏が加えられた。

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世界大百科事典内の四座雑色の言及

【雑色】より

…室町幕府でも雑色は公人番頭のもとで同様の雑事に当たったが,その衣服料は奉公衆にあて課された。また江戸時代の京都には四座雑色と称する上4人,下8人の雑色があり,京都での諸行事と要人の警固,民衆への布告の伝達,その訴訟の取次ぎ,宗門改帳の取次ぎ提出,牢屋の詰番などに当たった。四条室町を起点に京都を四分し,五十嵐,松村,松尾,荻野の上雑色4家で分担したが,所司代の管轄下で公家・幕府と民衆との中間に介在する半ば自治的な町役人として絶大な権力をもっていた。…

※「四座雑色」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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