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京都町奉行 きょうとまちぶぎょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

京都町奉行
きょうとまちぶぎょう

江戸幕府が京都においた地方官遠国奉行の一つ。江戸時代初期には京都郡代といわれたが,寛文5 (1665) 年町奉行と改め,旗本から2名を任じた。奉行所は東西に分れて隔月に月番で執務することになっており,任務は京都市内の訴訟の処理,寺社の管理などであったが,のち所司代から京都町政の権限が移った。大坂町奉行とともに京都だけでなく山城,大和,近江丹波摂津河内和泉播磨の裁判の処理と,これら8ヵ国の幕府直轄領の年貢徴収をも司った。しかし,摂津,河内,和泉,播磨4ヵ国の租税徴収は,享保年間 (1716~36) に大坂町奉行に移管した。老中の支配に属し,京都所司代の指揮下におかれた。

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デジタル大辞泉の解説

きょうと‐まちぶぎょう〔キヤウトまちブギヤウ〕【京都町奉行】

江戸幕府職名遠国(おんごく)奉行の一。老中に属し、京都の町方支配、五畿近江(おうみ)丹波播磨(はりま)8か国(のち、山城大和・近江・丹波の4か国)の公事訴訟や寺社支配、禁裏御所の警衛などを任務とした。→町奉行

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百科事典マイペディアの解説

京都町奉行【きょうとまちぶぎょう】

江戸幕府の遠国奉行の一つ。東西両奉行で定員2名,のち3名。隔月ごとに執務し,二条城の南に東町奉行所,西に西町奉行所があった。寛文年中(1661年−1673年)に宮崎重成・雨宮正種の2名が補任されて成立。
→関連項目四座雑色

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世界大百科事典 第2版の解説

きょうとまちぶぎょう【京都町奉行】

江戸時代,京都に置かれた江戸幕府の遠国奉行の一つ。17世紀中ごろの畿内支配体制の改革にともない,所司代や上方郡代の職務の一部を吸収,拡大しながら1668年(寛文8)成立した。職務内容はきわめて広範で,1722年(享保7)までは洛中検断権のみならず,上方8ヵ国(山城,大和,摂津,河内,和泉,近江,丹波,播磨)の幕領・大名領寺社領などの公事(くじ)訴訟の裁許権を有し,また上方幕領貢租を賦課監閲し,寺社方への触も伝達した。

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大辞林 第三版の解説

きょうとまちぶぎょう【京都町奉行】

江戸幕府の職名。老中支配に属し京都に駐在して、市内訴訟の裁断、山城・大和・近江・丹波の四か国の直轄領の社寺の管理や訴訟の裁断などの任にあたった。京都所司代の職務の一部の移譲を受けて1668年発足。東西両奉行があった。1867年廃止。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

京都町奉行
きょうとまちぶぎょう

江戸幕府の職名。遠国(おんごく)奉行の一つ。江戸初期、伏見(ふしみ)郡代小堀政一(こぼりまさかず)(遠州(えんしゅう))と並び畿内(きない)近国支配に大きな役割を果たした京都郡代五味豊直(とよなお)の系譜につながる。1668年(寛文8)、それまで京都所司代が握っていた京都市中の支配権を移譲されて成立。その権限はきわめて大きく、京都市中の直轄、山城(やましろ)国内の民政全般、畿内近国8か国の地方関係公事訴訟裁許、同8か国の寺社支配、上方(かみがた)代官衆の統轄など。しかし、1722年(享保7)の国分けにより、摂津、河内(かわち)、和泉(いずみ)、播磨(はりま)の公事訴訟が大坂町奉行の所管となり、その権限は半減された。老中支配、1500石高、役料600石、定員は元禄(げんろく)期(1688~1704)を除き2名(東西と俗称)、各与力20騎、同心50人を付属。大事については京都所司代の指示を受けた。[鎌田道隆]

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世界大百科事典内の京都町奉行の言及

【京都御役所向大概覚書】より

京都町奉行の支配地域の状況とその権限について記した奉行所役人の勤方の手引書。7巻。…

【町代】より

…通説では町組を代表する年寄と役所を仲介して雑務を弁じた使用人,いわゆる〈町役の代理人〉だとするが,これは1818年(文政1)に裁決をみた町代改義一件で確定したもので,その職務も性格も,成立期以来かなりの変化がある。〈冷泉町大福帳〉天正10年(1582)の項に5人の町代の名が見えるのが初見とされ,初期は所司代の町政執行の補助機関であったと思われるが,1668年(寛文8)京都町奉行所成立後は,西町奉行所に町代部屋(春日部屋)が設けられ,昼間1人ずつ交代で出仕した。また,後には上(かみ)町代・下(した)代(下町代)の序列も生じ,上町代は1~2人の下代と,3人の小番(使用人)を擁して担当町組に対する事務処理に当たり,町組からは一定額の役料(給料)が与えられ,職分はときには株として売買されることもあったが,多くは世襲であった。…

※「京都町奉行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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