デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「国助」の解説
国助(1)(初代) くにすけ
生地伊勢(いせ)(三重県)の亀山藩主(のち伯耆(ほうき)黒坂藩主)関一政につかえる。元和(げんな)4年(1618)の主家改易(かいえき)後,京都の国広の門にはいり,国儔(くにとも)にまなんだとおもわれる。のち大坂に移住。銘は「河内守(かわちのかみ)藤原国助」など。門弟に初代助広がいる。正保(しょうほ)4年5月30日死去。姓は小林。
国助(1)(2代) くにすけ
寛永5年生まれ。初代河内守(かわちのかみ)国助の子。大坂に居住。銘は「河内守藤原国助」など。初代と3代河内守の間ゆえに中河内(なかがわち)とよばれる。古刀の一文字(いちもんじ)派が得意とした丁字(ちょうじ)の刃文(はもん)を焼いたので新刀一文字ともいわれた。元禄(げんろく)11年8月21日死去。71歳。姓は小林。初名は国豊。
国助(2)(初代) くにすけ
初代河内守(かわちのかみ)国助の弟。兄とおなじく京都の国広の門にまなぶ。大坂,京都伏見(ふしみ)で鍛刀に従事。郷里の伊勢(いせ)(三重県)神戸(かんべ)に移住し,神戸国助とよばれた。銘は「石見守(いわみのかみ)藤原国助」など。一説に寛文12年(1672)67歳で死去。姓は小林。通称は源之丞。
国助(1)(3代) くにすけ
2代国助の子。大坂に居住。銘は「河内守(かわちのかみ)国助」など。宝永3年2月22日死去。姓は小林。通称は六之丞。
国助(1)(4代) くにすけ
初代国助4男の国輝にまなぶ。宝永7年(1710)銘などの作がある。銘は「河内守(かわちのかみ)国助」。