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土佐光吉 とさ みつよし

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美術人名辞典の解説

土佐光吉

安土桃山期の土佐派の画家。京都生。光茂の次子。初名は久吉、通称は源左衛門、剃髪して久翌(休翌・休欲)と号す。従五位下に叙せられ、左近将監に任じられる。久しく中絶していた宮中へ調進の御年扇、御月扇を再興して献上した。泉州堺に住す。慶長18年(1613)歿、75才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

土佐光吉 とさ-みつよし

1539-1613 戦国-江戸時代前期の画家。
天文(てんぶん)8年生まれ。土佐光茂(みつもち)の門人(一説に次男とも)。宗家の土佐光元(みつもと)の死で,京都から和泉(いずみ)(大阪府)堺にうつる。師から依頼されて家督をつぐとともに,光元の遺児3人の養育にあたり,宗家廃絶後の土佐派の画系維持につとめた。慶長18年5月5日死去。75歳。名は玄(源)二。法名は久(休)翌(きゅうよく),久欲。作品に「源氏物語画帖」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

土佐光吉

没年:慶長18.5.5(1613.6.22)
生年:天文8(1539)
桃山時代の画家。土佐光茂の門人で,玄二(源二)と称した人物と考えられ,師光茂より,不慮の死をとげた光元に代わって土佐家代々の絵本や証文などを譲り受けたとみられる。剃髪して久翌(休翌)と号した。『土佐家文書』には,久翌に宛てた狩野永徳狩野山楽からの書状が収められ,当時の中央画壇とは接触を保っていたようであるが,自身は終生堺の地にあって,『源氏物語』などの王朝文学に取材した精密な作品を描いている。代表作に「源氏物語画帖」(京都国立博物館蔵),「源氏物語手鑑」(久保惣記念美術館蔵),「十二ケ月風俗画帖」(個人蔵)などがある。

(榊原悟)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

とさみつよし【土佐光吉】

1539‐1613(天文8‐慶長18)
桃山時代の画家。土佐光信の跡目を継いだ絵所預土佐光茂(みつもち)の門人で,源二と称した。1569年(永禄12)に光茂の子の土佐光元が戦没し,ほどなく泉州堺で源二は土佐光吉を名のって家系の跡絶えた土佐派を受け継いだ。のちに久翌と号し,狩野派の依頼で障屛画制作にも協力したが,繊細優美な細密画の伝統を墨守した。遺作に数種の華麗で技巧的な《源氏物語図》の画帖や屛風,月次景物の小品画などがある。【吉田 友之】

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

土佐光吉
とさみつよし

[生]天文8(1539)
[没]慶長18(1613).5.5. 堺
桃山時代のやまと絵画家。通称源左衛門あるいは源二,号は久翌。土佐光茂の子,または光茂,光元の門人。『土佐文書』によって堺にあって狩野派と関係をもち,大坂城や御所における障屏画制作に参加したことが知られる。

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世界大百科事典内の土佐光吉の言及

【土佐派】より

…しかし,本来土佐派が創出した洛中洛外図,花木図,日月図,柳橋図などの新しい意匠は,かえって近世初期に他の諸画派で引き継がれ,そこで成熟した事実は否めない。この活況を呈した桃山画壇で,光茂の門人の中から土佐光吉が泉州堺でようやく土佐派の細画様式のみを維持して光則や広通に伝授し,他に土佐宗己(そうき)が絵屋(えや)を創立したことが知られるにすぎない。やがて,1634年(寛永11)に土佐光則と門人の広通は堺から京都に進出し,光則の子の土佐光起が宮廷の絵所預となって念願の土佐派を再興し,広通は晩年に住吉派を興して子の広澄に託した。…

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