日本大百科全書(ニッポニカ) 「土壌有機物」の意味・わかりやすい解説
土壌有機物
どじょうゆうきぶつ
土壌中に存在する生きている動植物以外のすべての有機物質をいう。動植物などの生物遺体や排泄(はいせつ)物、ならびにそれらの分解と腐植化の産物である腐植とからなる。腐植は初期の腐植物質、中期の腐植従物質、終期の腐植酸の腐植化の3段階に分けられるが、腐植の意味を広義に解して土壌有機物と同義に用いられることも多い。しかし、土壌有機物のうち暗褐色ないし黒色を呈する部分にのみ限定して用いられる場合もあり、一致した見解は得られていない。土壌には絶えず新鮮な有機物が供給されているが、これらの有機質原料や腐朽物質の一部は土壌中で重合して腐植酸となる。しかし、大部分は水と二酸化炭素に分解されて土壌から消失してしまう。これらの有機物質を本来の腐植と区別する意味で非腐植物質とよぶこともある。このように土壌中では有機物が絶えず生成と消滅を繰り返しており、その結果多くの中間生成物が存在する。その多くは既知の化学物質であるが、微生物分解を受けにくくなった腐植酸など一連の高分子物質群では、まだその化学的実体さえも明らかでないものが多い。多くの土壌は2~10%の有機物を含んでいるが、土壌有機物の自然含有量は、気候、母材、地形、植生などにより支配され、その土壌環境に対応して、ある値で安定している。
土壌中の有機物は土壌の団粒形成を促進し、保水性、透水性、通気性を良好にし、微生物のエネルギー源として、また分解される途中で含まれている養分が無機化して植物に供給されるなど、農業生産上きわめて重要な役割を果たしている。したがって堆厩肥(たいきゅうひ)などの有機物質を土壌に補給することは、作物の生産力を維持、向上するために不可欠な条件である。また、土壌は地球の表層1メートルに約2兆トンもの膨大な量の炭素を土壌有機物の形態で保持しており、この量は大気中の炭素の2倍以上、植物体バイオマスの約4倍に相当し、その増減は地球温暖化に大きな影響をもたらすことで注目されている。このように土壌有機物は、地球規模の炭素循環、炭素の貯留の場として重要な役割を果たしている。
[小山雄生]
『マリーヤ・ミハイロヴナ・コノノワ著、菅野一郎訳『土壌有機物――その本質・性質および研究法』(1977・農山漁村文化協会)』▽『熊田恭一著『土壌有機物の化学』第2版(1977・学会出版センター)』▽『木村真人・仁王以智夫・丸本卓哉・金沢晋二郎・筒木潔他著『土壌生化学』(1994・朝倉書店)』▽『日本土壌肥料学会監修『土壌環境分析法』(1997・博友社)』▽『東京大学農学部編、中野政詩・宮崎毅・松本聡・小柳津広志・八木久義著『土壌圏の科学』(1997・朝倉書店)』▽『日本土壌肥料学会編『土壌の吸着現象――基礎と応用』(2001・博友社)』▽『犬伏和之・安西徹郎編、梅宮善章・後藤逸男・妹尾啓史・筒木潔・松中照夫著『土壌学概論』(2001・朝倉書店)』