狂言の曲名。大名狂言。大蔵,和泉両流にある。訴訟のため都に滞在していた大名が,無事解決し帰郷するに際し,在京中なじんだ女のところへ別れを告げに行く。女は悲しげに泣くが,実は鬢水(びんみず)入れの水で目をぬらして涙と見せかけていたのである。それに気づいた太郎冠者は,水を墨に取りかえておく。それと知らぬ女がなおも墨を目の下に塗って泣くので,その顔を見た大名は初めて女の心を知り,恥をかかせようと,形見に鏡を与える。顔をうつしてみた女は怒り,太郎冠者をつかまえて墨を塗り,大名にも墨を塗って,逃げる両人を追い込む。登場は大名,太郎冠者,女の3人で,大名がシテ。《平中物語》や《堤中納言物語》などに見える説話を素材に,大名狂言らしい,明るくほほえましい作に脚色している。
執筆者:羽田 昶
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
狂言の曲名。大名狂言。領地争いの訴訟のため都に長期滞在していた大名(シテ)が、万事解決したので国元に帰ることになる。太郎冠者(かじゃ)を伴ってなじみになった女のところへ別れをいいに行くが、女は嘆き悲しみ、大名はその心根についほだされる。ところが、それは側に置いた水をしきりに顔につけるうそ涙。気づいた冠者が水を墨に取り替えておくと、それとは知らぬ女はしきりにうそ涙をつけてかきくどく。真っ黒になった顔を見て大名はびっくり仰天、別れの印だといって鏡を渡す。鏡に映った自分の顔を見て女は怒り心頭、2人の顔に墨を塗り付け追い込む。
別れ話をめぐる、男の身勝手さと女の打算が、爆笑喜劇のうちにともどもに露呈する。歌舞伎(かぶき)舞踊『墨塗女』(常磐津(ときわず)・1907初演)はこれによったもの。
[油谷光雄]
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
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