正格の漢文(純漢文)に対する概念。和化漢文ともいう。とくに平安時代以降、公家(くげ)日記など、記録の作成に採用された文章様式のものを記録体、また東鏡体(あづまかがみたい)と称する。その文章表記には、原則として漢字がもっぱら使用され、漢文様式をもつ文章でありながら、表記、語彙(ごい)、構文のうえで、漢籍、漢訳仏典など、中国古典の文章にはみいだしがたい要素を含むものをいう。たとえば、(1)原則として漢字専用表記であるが、ときに万葉仮名、片仮名、平仮名を混用することがある。(2)漢字の用字法が比較的単純であり、また「候」「条」字など、中国古典の文章における本来の用法から逸脱したものがある。(3)「然間(しかるあいだ)」「物騒」など、その語彙のなかに、和語をはじめ、日本で造語された漢語(和製漢語)など、純漢文では用いない用語がある。(4)「逐電(ちくてん)」など、中国古典の文章における本来の用法から派生した語義、用法のものがある、などである。『古事記』の文章などもこの文体のものであるが、平安時代に入り、『小右記(しょうゆうき)』『御堂(みどう)関白記』などの古記録、『明衡(めいごう)往来』などの書状文範集や古文書、『江談抄(ごうだんしょう)』などの故実説話集、その他この文体で記された文献は多い。鎌倉時代以降、『吾妻鏡(あづまかがみ)』などにみるように、これが公的な文体として採用され、江戸時代末まで公文書の文章様式として広く行われた。書簡文体としての「候文」もその一体である。
[峰岸 明]
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…そこで,古代から,日本語とは言語体系を異にする中国語(中国語は単音節語でありしかも孤立語であるが,日本語は多音節語であり膠着(こうちやく)語である)を書き表す漢字を利用し日本語を書き表そうとしてきた。そのなかには,正格の漢文ばかりではなく,破格の日本語の語順に従って漢字を並べて書き表した部分をも含む,一般に変体漢文(変態漢文)と呼ばれるものもある。日本において広義に漢文というとき,こうした変体漢文をも含めている。…
…文語体は,さらに多くの種類にわかれる。和文,和歌の文,宣命(せんみよう)体,漢文訓読文,和漢混淆(こんこう)文,変体漢文,普通文など。これらのうち,和文以下変体漢文までは,平安時代にすでにその形が整っており,以後現代にまで引き続き行われたものである。…
…それに対極をなす漢文読下し文は,論理を述べるに適した接続詞や段落の冒頭を示す発語を有し,代名詞などをも的確有効に用いるので,和文に付加された漢文読下し文の口調は,散文としての和文を,一方では実用に耐え,他方では文学的表現にもかなう両面を有するものに変質させた。また逆に《将門記》のように,漢文のつもりで書かれた日本語文(いわゆる変体漢文)のもの,あるいは《三宝絵詞(さんぼうえことば)》のような宗教文学を出発点もしくは基調として,和文の要素,ことに歌物語を祖とする説話などを合併しつつ,別途の和漢混淆が生じ,係り結びの使用や副詞,形容詞の和風の選択,助詞,助動詞の微妙で豊富な使用があらわれる。中世において和漢混淆文の佳品の出現する前提には,《今昔物語集》のような仏教説話集の,漢文の読下しの勝ったものから,和文に多少の異質を加えるものまでの多様性をふくむ,自由な試みがあった。…
※「変体漢文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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