平安末期の説話集。大江匡房(まさふさ)の談話を藤原実兼(さねかね)が筆録したもの。ただし間接的な聞書,また実兼以外の人物による筆録をも含んでいる。匡房の晩年における談話が中心になっているが,かなり早い時期の言談,あるいは匡房の没後のまた聞きの筆録も加わっており,12世紀の初頭,匡房の没後あまりへだたらないころの成立と考えられる。《江談》《水言鈔(すいげんしよう)》ともいわれ,おもに漢文で記されている。古本系と類聚本系の2系統があり,古本系は雑纂形態で,談話体,問答体の形をもち,言談の筆録という本来の姿をよく残している。類聚本はこれを分類,配列し直したもので,巻一に公事・摂関家事・仏神事,巻二・巻三に雑事(公卿の逸話,楽器をめぐる話柄など),巻四に漢詩に関する逸事,巻五に詩事,巻六に長句事(詩序・願文等に関する逸話)を収める。公事・雑事と詩事・長句事との二つに大別されるが,前者については有職故実書《江家次第(ごうけしだい)》との関連が考えられる。この書の編纂を通してたくわえられた豊富な故事についての知識が基盤をなしていよう。また詩文にまつわる話柄については,その大きな原拠の一つとして《和漢朗詠集》の詩句に加えられた匡房の注,いわゆる〈朗詠江注〉がある。このように,全体を通して匡房の学問が間接的あるいは直接的な形で大きくかかわっているが,それが多岐にわたり雑多に示されているところに本書の特徴があり,統一ある世界を成す説話集とは異なる。
執筆者:後藤 昭雄
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平安後期の説話集。大江匡房(おおえのまさふさ)(1041―1111)晩年の談話を、藤原実兼(さねかね)(1085―1112)が筆録したもの。一部に実兼以外の筆録も混じっている。匡房の談話は、有職故実(ゆうそくこじつ)、漢詩文、楽器などに関する知識、廷臣・詩人たちの逸話など多岐にわたる。教授された知識の忘備を目的としているため、表現は簡略でしばしば不完全であり、体系をもたない。しかし、正統な学問や歴史の外縁にある秘事異伝をも積極的に取り上げており、院政期知識人の関心の向け方や、説話が口語りされる実態をうかがうことができる。平安・鎌倉時代の古写本は、問答の体をとどめて原本の姿を伝えるが、一部分しか伝存していない。『群書類従』所収本は記事を部類改編したもの。
[森 正人]
『江談抄研究会編『古本系江談抄注解』(1978・武蔵野書院)』
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…神儒仏道にひろく通じ,諸道兼学の啓蒙的百科全書家ともいえよう。わが国の神仙と目される37人の伝を記した《本朝神仙伝》,慶滋保胤(よししげのやすたね)の《日本往生極楽記》のあとを継ぎ,寛和以後の往生人42人の伝を録した《続本朝往生伝》は唱導文学のうえで,また彼の言談を蔵人藤原実兼が筆録したものといわれる《江談(ごうだん)》(《江談抄》)は説話文学のうえで,彼の制作した願文115編を撰録した《江都督納言願文(ごうととくどうげんがんもん)集》とともに院政期文学史の流れの中で注目すべき遺産である。そのほか彼の作品は《朝野群載》《本朝続文粋》などに,自照的な《暮年詩記》,批評文学としての《詩境記》,院政期の庶民生活をつづった《対馬貢銀記》《遊女記》《狐媚記》《傀儡子記(くぐつき)》《筥崎宮記(はこざきぐうき)》《洛陽田楽記》などの特色ある作品が見られる。…
※「江談抄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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