日本の文語体の文章様式の一つ。和文,漢文の両方の特色を合わせた文章。漢文や漢文の読下し文や和文と対立するもの。この用語は明治初期から用いられ,《古事類苑》は,推古朝の金文,《日本霊異記》《将門記(しようもんき)》《新猿楽記》《小右記》《吾妻鏡》《江談抄》《古事談》《新勅撰和歌集序》《古今著聞集》《保元物語》《平治物語》《源平盛衰記》などを実例としてあげるが,現代の一般的な理解としては,鎌倉時代以後のものをさし,《平家物語》の冒頭〈祇園精舎〉の段などがその典型といわれる。用語としては漢語をまじえ,対句を多用し,語法上では,漢文訓読において常用されるようになったもの,たとえば,〈……の如し〉〈……にして〉〈……ずして〉〈……(く)して〉などをも用いる。しかし一方,和文の要素を多く保持する抒情的な道行の七五調の部分,逆にほとんど漢文の読下しのままに近い読物の部分なども包括するのが《平家物語》の文章であって,けっして一様ではない。合戦の描写にいたると擬声擬態の語や坂東声(ばんどうごえ)も交じる多様さを示す。それらを周辺部分として和漢混淆文が評価されるので,厳密な文章様式を示す術語ではない。
純粋な和文の頂点を平安女流文学の文章に求めて,それを一つの極とすると,それは散文といっても論理的な構文を形成することなく,きわめて心理的な,また意識の流動・明滅のまにまに,それを忠実に追跡する文章である。それに対極をなす漢文読下し文は,論理を述べるに適した接続詞や段落の冒頭を示す発語を有し,代名詞などをも的確有効に用いるので,和文に付加された漢文読下し文の口調は,散文としての和文を,一方では実用に耐え,他方では文学的表現にもかなう両面を有するものに変質させた。また逆に《将門記》のように,漢文のつもりで書かれた日本語文(いわゆる変体漢文)のもの,あるいは《三宝絵詞(さんぼうえことば)》のような宗教文学を出発点もしくは基調として,和文の要素,ことに歌物語を祖とする説話などを合併しつつ,別途の和漢混淆が生じ,係り結びの使用や副詞,形容詞の和風の選択,助詞,助動詞の微妙で豊富な使用があらわれる。中世において和漢混淆文の佳品の出現する前提には,《今昔物語集》のような仏教説話集の,漢文の読下しの勝ったものから,和文に多少の異質を加えるものまでの多様性をふくむ,自由な試みがあった。鎌倉時代の軍記に和漢混淆の高い完成度を見るのは,平安時代を通しての散文建設の大きな試錬と努力があったためである。ひとたび完成すると,それが通俗の表現の文章の中核となり,知識人においてなお漢文が優位にあるものとされたにもかかわらず,時により人により和漢混淆の内実にはかなりの差を生じたにせよ,擬古文などの反動がまま存在したけれども次代にうけつがれた。ことに明治以後は,その直前の時代に漢文直訳がやや勢力をふるうこともあったが,それとてもしょせんは和漢混淆であったし,明治の普通文もまた同様で,程度の差を示したにすぎない。言文一致への変換においても,すでに定着した和漢混淆は遺伝的形質として消えることなくうけつがれた。したがって,あえて和漢混淆文というときは,日本の散文の完成を歴史的に考察する立場で有用な概念として,前述の中世の文章にその典型を見いだすのが適当である。
執筆者:山田 俊雄
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和文体と漢文訓読体が混ざった文体をいう。概念の定義は従来かならずしも厳密ではなく,研究者の間でも差異がある。通常,典型的な和漢混淆文としては,鎌倉時代以降の「平家物語」「保元物語」「太平記」などの軍記,「海道記」「方丈記」などの紀行・随筆,謡曲・幸若舞(こうわかまい)の詞章などをあげることが多い。実際には漢文訓読体としての要素のなかには変体漢文的なものもみられ,また和文的要素のなかには雅語のみならず俗語的表現もみられる。和漢混淆文は江戸時代には広く行われ,実際に書かれる文章の多くの部分を占めたものと考えられる。明治期になり言文一致体の成立と流行によってようやく衰え,最近ではごく限定された場合にのみ用いられるにすぎない。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…文語体は,さらに多くの種類にわかれる。和文,和歌の文,宣命(せんみよう)体,漢文訓読文,和漢混淆(こんこう)文,変体漢文,普通文など。これらのうち,和文以下変体漢文までは,平安時代にすでにその形が整っており,以後現代にまで引き続き行われたものである。…
※「和漢混淆文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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