日本大百科全書(ニッポニカ) 「外国為替相場制度」の意味・わかりやすい解説
外国為替相場制度
がいこくかわせそうばせいど
foreign exchange rate system
外国為替取引において、そのレートを決める制度のこと。為替相場は本来、外国為替の需要と供給を反映して変動するものであるが、当該国の為替政策によって、通貨当局はその変動を一定範囲内に固定させたり、あるいはまったく放置したりする。前者を固定為替相場制、後者を変動為替相場制といい、基本的にはこの二つの制度が存在する。
[中條誠一]
国際金本位制とIMF体制
過去の外国為替相場制度(国際通貨制度)としては、第一次世界大戦前の国際金本位制と第二次世界大戦後のIMF体制(ブレトン・ウッズ体制ともいう)が、固定為替相場制の典型として有名である。
1870年代後半に確立し、40年近くにわたって維持された国際金本位制では、各国内において、その通貨は一定重量の金と結び付けられ、交換が保証されていた。そこから各国通貨の交換比率である金平価が形成され、各国間で金の自由な輸出入が認められていたため、通貨当局の外国為替市場への介入なしに、その金平価が維持される仕組みであった。すなわち、為替相場が金平価から金を現送するコストを超えて変動すると、金の裁定取引によって利益を得ようとする行動が起こるため、為替相場は自動的に金現送点内に維持されたからである。
さらに、各国で貨幣供給量が金準備に規定されることによって、「物価・正貨流出入メカニズム」とよばれる経常収支の自動均衡化メカニズムが働くと期待された。経常収支黒字国では、金の流入増で貨幣供給量が増加しインフレが進行、逆に経常収支赤字国では、金の流出増で貨幣供給量が減少し、物価が下落するため、経常収支の調整機能が働く、というものであったが、必ずしもこの原理は作用しなかったといわれている。
第二次世界大戦後のIMF体制下の外国為替相場制度では、加盟国は金または米ドルに対して平価を設定し、為替相場を平価の上下各1%以内に維持することが義務づけられた。このため加盟国の通貨当局は、市場介入によって為替相場を変動幅内に維持した。ただし、加盟国は国際収支が基礎的不均衡に陥った際には、IMFでの承認を得て平価を変更することができたため、これを調整可能な釘(くぎ)付けadjustable peg相場制ともよぶ。基軸通貨国のアメリカは、市場介入義務を負わないかわりに、ほかの国の通貨当局が保有する米ドルについては、公定レート(1オンス=35ドル)で金と兌換(だかん)することを表明していた。このため、IMF体制は金に裏付けられた米ドルが基軸通貨であるという意味で、金為替本位制ともいわれる。
[中條誠一]
現在の外国為替相場制度
1971年のニクソン・ショックにより、米ドルの金兌換が停止され、IMF体制が崩壊した後、一時スミソニアン体制が確立した。しかし、1973年にそれも崩壊し、主要先進国は変動為替相場制へと移行した。その後も、新たな安定的国際通貨制度の再構築が検討されたものの、成功せず、1976年のキングストン会議での合意を受けて、1978年に発効した改正IMF協定により、変動為替相場制が追認され、加盟国は自由に外国為替相場制度を選択できることになった。ノン・システムともいわれる今日では、各国の外国為替相場制度は多様化、複雑化しており、固定為替相場制と変動為替相場制以外に、中間的為替相場制を加えて3区分することが一般化している。
(1)固定為替相場制度
主要先進国が変動為替相場制を採用しているなかでも、米ドルやユーロ、または複数国通貨に対して、自国通貨を固定している国は多い。為替相場を一定値ないしは一定範囲内で固定するために、その国の通貨当局は市場介入を行っている。管理フロート制との違いは、その変動幅が非常に狭いことにある。
固定為替相場制のなかでも、厳格な固定為替相場制(ハード・ペッグ)とよばれるものに、ドル化、通貨同盟、カレンシー・ボード制がある。ドル化とは、パナマ、エクアドル、エルサルバドルといった中南米の国のように、自国の法定通貨をもたず、米ドルを自国通貨として使用しているケースをいう。通貨同盟も「独自の法定通貨を持たない外国為替相場制度」に分類されるが、たとえば独自の共通通貨ユーロを導入している15か国がこれに当たる。
ドル化も通貨同盟も、同一通貨を使用している国の間では、為替相場そのものが存在せず、厳格な固定為替相場制であるが、域外国の通貨とは変動為替相場制となっている。
カレンシー・ボード制とは、自国通貨を米ドルのような基準通貨に対して、固定するだけでなく、自国の通貨供給を外貨準備高によって規定する制度であり、国際金本位制のように「物価・正貨流出入メカニズム」が機能しやすい。香港(ホンコン)やアルゼンチン(2002年まで)などで採用されている。
(2)中間的為替相場制度
固定為替相場制と自由な変動為替相場制の間には、さまざまなバリエーションをもった中間的な外国為替相場制度が存在する。たとえば、一定のバンド(変動幅)のなかで為替相場変動を認める為替バンド制(あるいはバンド付変動為替相場制)、実質為替相場を安定させるために、基準通貨国と自国のインフレ率格差に応じて為替相場を定期的に変動させるクローリング・ペッグ制などがある。
アジア通貨危機により、実質的に米ドルだけに固定した外国為替相場制度に問題があったことを認識した結果、アジア各国では通貨バスケット制への関心が高まっている。複数通貨に対する固定為替相場制ともいえるが、自国の対外経済関係を反映したウェートで加重平均した通貨バスケットに固定ないしは柔軟に管理するもので、実効為替相場の安定を目指した中間的制度ともいえる。シンガポールで採用されているが、中国では2007年の人民元改革で導入が表明されたものの、実際に機能しているとはいいがたい。
(3)変動為替相場制度
変動為替相場制といっても、為替相場の動きを、完全に外国為替市場の需給に委ねている国はなく、為替相場がオーバーシュートや乱高下をする局面では、市場介入がなされている。その通貨当局の介入が頻繁だったり、ある一定の範囲内に為替相場の動きが収まるような場合は、管理フロート制とよばれることもある。
[中條誠一]
外国為替相場制度の選択に関する原理
各国が外国為替相場制度を選択する際に、考慮しなければならないのが「国際金融のトリレンマ」とよばれる原理である。各国は、自由な資本移動、金融政策の自立性、為替相場の安定性の三つを同時に達成することはできないという原理である。したがって、安定的な固定為替相場制を採用するか、柔軟な変動為替相場制にするかは、他の二つとの関係で選ばざるをえないことになる。
現に、日本では1998年までに為替管理を撤廃し、資本移動の自由化を達成しており、かつ適切な経済運営のために独自の金融政策を遂行することが不可欠であった。したがって、それと整合性を取れる変動為替相場制を採用している。これに対し、中国は人民元の安定化を優先させ、かつ金融政策の独自性を確保するために、資本取引に関する厳しい為替管理を保持している。また、香港は国際金融センターとして、資本取引を自由化せざるをえないし、米ドルとの為替相場の安定も必要であるため、カレンシー・ボード制を採用することによって、金融政策の自主性を放棄し、外貨準備の増減次第で自動的に通貨供給を増減することにしている。
[中條誠一]