大学の大衆化(読み)だいがくのたいしゅうか

大学事典 「大学の大衆化」の解説

大学の大衆化
だいがくのたいしゅうか

概念

大学の在籍者や進学率の増加といった量的変化とともに,それに伴って生じるさまざまな質的変化を指して用いられる概念。よく知られたマーチン・トロウ,M.A.(Martin A. Trow, M.A.)による議論では,その過程は「エリート段階」から「マス段階」,さらには「ユニバーサル段階」へと展開するものと描かれる。そしてこの変化は大学におけるカリキュラム,学生の修学形態,教育研究の水準規模,学生と教師の関係,管理運営,入学者選抜,社会的機能といったあらゆる側面に及び,さらには大学と社会の他の諸制度との関係についての変化にも及ぶとされる。加えてトロウが強調したのは,そうした諸側面の変化は独立したものではなく,相互に関連し合い,しかし他面でそれらの各側面の変化は必ずしも同じペースで進まず,そのテンポの違いがさまざまな葛藤を大学にもたらすことである。すなわち,大衆化に関わる諸現象は相互に関連しつつ多面的に生じ,しかもそのことで大学に諸課題をもたらす。以下では,量的変化の側面に限り,大衆化の過程を日本に関してみるとともに,欧米を中心にその国際的文脈をも明らかにしよう。

[日本]

第2次世界大戦前から初期的大衆化ともいうべき変化が生じ始めていたとはいえ,日本がトロウのいう「マス段階」(大学進学率が15%以上。トロウは大学在学率を指標としたが,ここでは日本で一般的な該当年齢人口当りの大学進学率を用いる)に達したのは1960年代である。この高度経済成長期の大学の大衆化は,ほかの時期に比べて図抜けた規模をもっていた。1960年から75年までの15年間で,戦後の大学在学者数増加分のおよそ半分が達成された。またこの時期の在学者数増加の9割を私立大学(大衆化)が占め,大衆化は私学の旺盛な拡張意欲によってその大半がもたらされた。その拡大の背景として,大きくは経済成長とベビーブーム世代到来という背景があり,加えてそれらの背景を大学の大衆化へと媒介した理工系増募計画,ベビーブーム世代の急増対策,さらに公私立大学の拡充を容易にする規制緩和策などの政策要因があったことも重要である。

 しかし1970年代半ばに大学の量的拡大には急ブレーキがかかる。その要因は高度経済成長の終焉にもあったが,むしろ直接的には大都市部の私立大新増設禁止などの政府の強力な抑制政策の影響による。そして大学規模の停滞期は10年間ほど続いたが,80年代の半ばからは今度は第2次ベビーブーム世代の大学進学への対応のため,再び量的拡大が開始される。政府は将来に予想された18歳人口減少をにらみ,拡大の規模を抑えようとしたが,それまで抑え込められていた私立大の拡張要求の噴出を止められなかった。そして予定した規模をはるかに超える量的拡大がなされ,それどころかベビーブーム世代の波が去った後にも拡大は止まらなかった。こうして高度経済成長期に次ぐ,第2の大学拡張期がもたらされた。

 この時期の拡大の背景には,上述の私立大の行動に加えて,自治省等の規制緩和による公立大学・公設民営大学の増加,短期大学から4年制大学への転換の増加,高卒就職状況の悪化による進学希望者の増加などの事情もある。いずれにせよ,この量的拡大と18歳人口の減少に伴って大学進学率は急上昇し,ついに50%を超えてトロウのいう「ユニバーサル段階」へ突入することとなった。しかし在学者数は2000年前後から,進学率は2010年頃から伸びが止まっている。第2の拡張期もすでに終わりを迎えている可能性が大きい。

[国際的文脈]

1960年代から大学の顕著な量的拡大を経験していたのは日本だけではなかった。金子元久が明らかにしているように,高等教育拡張政策や経済成長を背景に,アメリカ合衆国の大学も50年代後半から拡大を開始し,ヨーロッパ諸国も60年代に非大学機関を中心に高等教育の拡大を経験し,多くの先進諸国でこの時期は「第1の拡大期」を迎えていた。1970年代にやはり日本と同様に欧米での拡大も伸び悩みをみせるが,80年代後半から各国で再び拡大期を迎え,それは2000年代初頭まで続いた。その背景には,経済構造の変動に伴う大卒需要増加が各国共通の要因としてあったとともに,日本では18歳人口増,アメリカではマイノリティの若年人口増といった人口要因,ヨーロッパではイギリスでのポリテクニクの大学編入,フランスではバカロレアの合格者数拡大などの政策要因も影響した。このように大学の大衆化は日本や欧米の各国で多様な背景をもちつつも,直線的な増加傾向ではない,比較的同様なパターンでの拡大過程をみせた。

 なお,2012年度の統計によれば,大学型の高等教育機関への進学率(対該当年齢人口。進学者には留学生・成人学生も含む)のOECD加盟諸国の平は58%であり,日本の進学率はその平以下の52%にとどまり,また日米英独仏の5ヵ国のなかではドイツとともに日本は最低レベルに位置する。多くの国々が近年において大学進学率を急伸させるなかで,日本の学士課程への進学率が決して高い水準にないこととともに,そこに留学生や成人学生がわずかしか含まれず,高校卒業後間もない進学者が圧倒的多数を占めるという,日本的な大衆化の特質もみてとることができる。
著者: 伊藤彰浩

参考文献: 金子元久「高等教育財政のパラダイム転換」,国立大学財務・経営センター研究部編『大学財務経営研究』第7号,2010.

参考文献: 伊藤彰浩「大学大衆化への過程」『シリーズ大学2』岩波書店,2013.

参考文献: マーチン・トロウ著,天野郁夫・喜多村和之訳『高学歴社会の大学―エリートからマスへ』東京大学出版会,1976.

参考文献: OECD, Education at a Glance 2014: OECD Indicators, OECD Publishing, 2014.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報