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大岡忠光 おおおかただみつ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大岡忠光
おおおかただみつ

[生]宝永6(1709).江戸
[没]宝暦10(1760).4. 江戸
江戸時代中期の幕臣。忠利の子。9代将軍徳川家重の側近として幕政に参与。宝暦4 (1754) 年若年寄,同7年側用人となる。武蔵岩槻2万 3000石を領した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大岡忠光 おおおか-ただみつ

1709-1760 江戸時代中期の大名。
宝永6年生まれ。享保(きょうほう)9年のちの9代将軍徳川家重の小姓となり,病弱で言語不明瞭な家重の意思を理解する唯一の側近として出世。若年寄をへて宝暦6年側用人に昇進し,武蔵(むさし)岩槻(いわつき)藩(埼玉県)藩主大岡家初代。2万石。宝暦10年4月26日死去。52歳。通称は兵庫,主膳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

大岡忠光

没年:宝暦10.4.26(1760.6.9)
生年:宝永6(1709)
江戸中期の幕臣,大名。通称は兵庫,主膳。幕臣助七郎忠利の子。享保9(1724)年将軍徳川吉宗の長男家重付の小姓となって廩米300俵を給され,12年従五位下出雲守に叙任。18年500石加増,廩米を改めて800石の地方知行取となる。元文4(1739)年御用取次見習,延享2(1745)年吉宗の隠退,家重の将軍家相続に伴い小性組番頭格に昇進。翌3年御側御用取次となり,1200石加増。さらに寛延1(1748)年3000石,宝暦1(1751)年5000石を加増され,1万石の大名に取り立てられた。4年には奥兼帯の若年寄に昇進し,5000石加増,次いで6年には側用人に就任して従四位下に昇り,岩槻2万石の城主となった。忠光の出世は言語不明瞭な家重の意志をただひとり理解しえたためといわれるが,性格が恭謙であったため,あまり驕ることはなかったという。

(深井雅海)

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世界大百科事典 第2版の解説

おおおかただみつ【大岡忠光】

1709‐60(宝永6‐宝暦10)
江戸中期の幕臣,政治家。大岡忠相の同族大番士忠利(300石)の長子。世嗣徳川家重の小姓となり,のち家重が9代将軍になるとしだいに重用され,1754年若年寄,56年側用人となり,この間加増されて武州岩槻2万3000石の領主となる。家重の信頼とくに厚く権勢を集めるが,おごることがなかったといわれる。【大石 慎三郎

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大岡忠光
おおおかただみつ
(1709―1760)

江戸中期の幕臣。名奉行(ぶぎょう)として有名な大岡忠相(ただすけ)の一族。代々俸禄(ほうろく)300俵の小身であったが、忠光は1724年(享保9)将軍の世継ぎである徳川家重(いえしげ)の小姓(こしょう)に用いられ、3年後に従(じゅ)五位下出雲守(いずものかみ)に叙任。45年(延享2)家重が9代将軍となってから、その側近として目覚ましい躍進を遂げた。51年(宝暦1)には1万石の大名となり、56年には前将軍吉宗(よしむね)のとき廃止された側用人(そばようにん)が復活してこれに任ぜられ、武蔵(むさし)国岩槻(いわつき)(埼玉県さいたま市)2万石の城主となった。さして才腕ある人物ではなかったが、将軍家重の信任厚く、ことに家重の不明瞭(ふめいりょう)な言語を忠光のみ理解したという。しかも、将軍の信任を背景に権勢をほしいままにするようなこともなかったと伝えられる。[辻 達也]

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