改訂新版 世界大百科事典 「大気擾乱」の意味・わかりやすい解説
大気擾乱 (たいきじょうらん)
atmospheric disturbance
大気中に存在する波動じょう乱のこと。じょう乱とは定常状態からの乱れを指す。じょう乱には,時間および空間についていろいろなスケールのものがあり,ここでいう定常状態とは,注目するじょう乱より時間的にも空間的にもスケールの大きな流れのことである。中緯度と熱帯では,それぞれ異なった特徴をもつ波動じょう乱が存在する。ここでは中緯度のじょう乱について述べる。水平スケールによって中緯度じょう乱を分類し,それぞれについておもな特徴を表に示した。
超長波と長波の一部を含む波数1~5くらいの波動をプラネタリー波という。プラネタリー波には定常性のものと移動性のものがある。定常性のプラネタリー波は,気流がヒマラヤ山系やロッキー山系のような大規模な山岳にぶつかって,それを越えたり迂回したりすることにより,あるいは,気流が大陸と海洋の上を流れるとき,大陸上と海洋上とで地表からの熱供給が違うことにより発生する波動と考えられている。移動性のプラネタリー波は,傾圧不安定によるポテンシャルエネルギーから運動エネルギーへの転換や異なった波数の波動間の運動エネルギーの交換などにより,運動エネルギーを獲得して発達するものとされている。しかし,これらプラネタリー波の発生・発達のメカニズムの詳細について,十分に明らかというわけではない。天気図上でみられるプラネタリー波の日々のふるまいは,これら二つの波動が重なったもので,その動きには停滞,東進,西進のいずれの場合もみられ複雑である。ブロッキング現象の発生にも関与していると考えられ,異常天候や比較的長い期間の天気を左右する。
プラネタリー波とロスビー波を同じ意味に使う場合もある。これは,プラネタリー波は本質的にはロスビー波であると考えられているからである。ロスビー波とは本来,収束も発散もない水平な東西方向の一様流を仮定したとき,その流れの中に,地球自転の影響でコリオリ因子が緯度によって異なる効果により発生する波である。この波はある波長のとき停滞し,これよりも長い波長の波は西進,短い波長の波は東進する。
長波の一部,短波,中間規模じょう乱を総称して総観規模じょう乱という。日々の天気図にみられる移動性の高・低気圧に対応するのは,主として短波である。この波動は傾圧不安定によって発達する。中間規模じょう乱とは,通常,停滞性の前線上に発生する小さな低気圧で,いわゆる土佐沖低気圧などがこれにあたる。背も低く,鉛直のひろがりは対流圏下部に限られているが,悪天をもたらすので予報上は重要なじょう乱である。超長波,長波,短波を総称して大規模じょう乱といい,中間規模じょう乱は,水平スケールが大規模じょう乱と中規模じょう乱の間にあることから日本でこの名がつけられた。外国では,中規模じょう乱の中に含められることが多い。その構造や発達機構は,普通の低気圧とは異なっているようであるが,まだ詳細は解明されていない。
中規模(メソ・スケール)じょう乱の代表的なものとして,メソ低気圧とメソ高気圧がある。これらのじょう乱は,普通の天気図上では識別できないスケールの小さいものであるが,集中豪雨をもたらすので重要である。メソ高気圧は,雷雲からの降水中で雨滴が蒸発して,まわりの空気を冷やすことにより発生する高気圧なので,アメリカなどのように比較的乾燥している国ではできやすいが,日本のように湿度の高い国では,雨滴の蒸発が起こりにくく,通常は顕著なメソ高気圧はできにくいといわれている。日本の場合,集中豪雨を伴うじょう乱は内部重力波の不安定化したものと考えられており,メソ低気圧とメソ高気圧が隣り合う波動の形をとることが多い。しかしメソ高気圧が発達しにくいので,通常メソ低気圧が主体となっている。このほか,不安定線なども中規模じょう乱に属する。
小規模じょう乱としては,積雲対流(水蒸気の凝結を伴う対流現象),雷雨セル(雷雨を構成する個々の積乱雲),竜巻,山の風下にできる山岳波などがある。中規模じょう乱と小規模じょう乱を総称して中小規模じょう乱という。
執筆者:菊池 幸雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報