おおさわ‐の‐いけおほさは‥【大沢池】
- 京都市右京区嵯峨大沢、大覚寺旧境内にある池。菊島という築石がある。
- [初出の実例]「ひともとと思ひし花をおほさはの池のそこにもたれかうゑけん〈紀友則〉」(出典:古今和歌集(905‐914)秋下・二七五)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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大沢池
おおさわのいけ
[現在地名]右京区嵯峨大沢町
大覚寺の東にある池で、嵯峨院の旧苑池。最古の庭園池の一つとされ、名勝に指定されている。池中には北に天神島、その東に菊之島があり、その間に庭湖石を配す。池畔には西側に五社明神、北に名古曾滝跡と伝える石組のある旧跡や、心経殿跡などがあり、天神島に渡る傍らの護摩堂近くには鎌倉時代の大沢池石仏群がある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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大沢池 (おおさわのいけ)
京都市右京区嵯峨の大覚寺東部にある池。庭湖,内沢,内池などの別称がある。東側と南側に築堤して湛水(たんすい)した人工池。大覚寺は平安時代の初めごろ嵯峨天皇が造営した離宮を876年(貞観18)寺に改めたもので,池は離宮の庭園内にあった。池および池中の菊ヶ島,庭湖石,池の北西隅の名古曾滝跡などが,名所としてまた詩歌の題材として著名であった。1922年に名勝に指定された。
執筆者:金田 章裕
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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大沢池
おおさわのいけ
京都市西部、右京区北嵯峨(さが)の大覚(だいかく)寺の東にある池。大覚寺はもと嵯峨天皇の離宮で、大沢池は中国の洞庭(どうてい)湖を模してつくられたといわれ、最古の庭園池の一つとして国の名勝に指定されている。池畔のサクラや紅葉は美しく、ことに秋の観月は名高く、歌枕(うたまくら)として知られる。池の北には、百人一首にも詠まれた名古曽(なこそ)滝跡があり、池辺には鎌倉時代の石仏がある。
[織田武雄]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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大沢池
おおさわのいけ
京都市右京区嵯峨野にある池。広沢池の北西方,大覚寺の東側に位置。大覚寺は元来,嵯峨天皇の離宮であったが,それに付属した池で,中国の洞庭 (どうてい) 湖をかたどったと伝えられ,庭湖とも呼ばれる。平安時代初期の舟遊びの池として現存最古のもの。春はサクラ,秋は紅葉が美しい。北側の名古曽滝跡とともに名勝に指定。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の大沢池の言及
【嵯峨院】より
…大覚寺は天皇の没後30年ほどして,皇女の正子内親王が離宮を寺院に改めたもの。大沢池北100mの名古曾の滝は,1984年の発掘で遣水の跡が検出され,大沢池,中島とともに苑池を形成していたことが確認された。【朧谷 寿】。…
【庭園】より
…地形からも材料からも,庭園をつくるのに好適の地であったといえる。9世紀は天皇の[離宮],退位してからの御所の庭園に優れたものが多くつくられたが,京都の北西にある大沢池は,嵯峨天皇の離宮としてつくられたものである。大沢池には北に寄って中島が二つあり,この付近に今も庭石が散見される。…
※「大沢池」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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