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好色文学 こうしょくぶんがく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

好色文学
こうしょくぶんがく

露骨な性的描写を中心にして成り立った文学。性的描写を含む文学の歴史ははなはだ古く,アリストファネスの『女の議会』,アプレイウスの『黄金のロバ』,チョーサーの『カンタベリー物語』,ボッカチオの『デカメロン』,西鶴の『好色一代男』,曹雪芹の『紅楼夢』など,著名な作品に性的描写や章句が見出されることは珍しくない。しかし,作品全体としては他の要素も多く含んでいるので,普通には好色文学とは呼ばれない。狭義の好色文学は,18世紀にイギリスで発表された J.クリーランドの『ファニー・ヒル』のように,性的描写以外にはほとんど何も含まない作品をいう。この系統の作品は,読者を性的に興奮させることをおもな目的とし,筋らしいものはなく,筋があってもそれは性行為の場面のつなぎにすぎないことが多い。たいていは男女間の正常な性行為を扱うが,読者の嗜好に応じるために,近親相姦,サディズム,マゾヒズム,同性愛などの倒錯現象を取上げることもある。概して芸術的価値に乏しいが,ただ,好色文学とそれ以外の文学を明瞭に区別することは不可能である。また,好色文学はわいせつとみなされるが,わいせつさと芸術性は必ずしも矛盾しない。好色文学はその内容のためにしばしば道徳的ないし社会的な規制を受けるが,規制の基準は時代と場所によって千差万別である。基準がきびしい場合には,『ファニー・ヒル』の公刊が禁じられることはもちろん,チョーサーの詩句の一部が削除されることもある。しかし,現代の大勢は基準をゆるめる方向にあり,D.H.ロレンスの『チャタレー夫人の恋人』や H.ミラーの小説のような作品はもとより,露骨きわまる書物も自由に発行される傾向にある。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうしょくぶんがく【好色文学】


[西洋]
 好色が罪悪視されなかった古代では猥雑な表現は公演される劇作(アリストファネスの喜劇など)にさえ見られるが,西欧好色文学の古典はローマのオウィディウスの《アルス・アマトリア》である。中近東を代表するのは中世にまとめられた《千夜一夜物語》といえよう。中世にはフランスの韻文小話ジャンル〈ファブリオー〉(主として13世紀)が風刺的な好色の要素を示す。イタリア文芸復興期にはボッカッチョの《デカメロン》があり,その影響下にフランスで《新百話》(15世紀),マルグリット・ド・ナバールの《エプタメロン》(1559)が書かれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

好色文学
こうしょくぶんがく

厳密に定義づけることは困難であるが、性に対する読者の卑俗な興味をかき立てることを目的とするのではなく、性愛あるいは情事の描写を目的としても、性に対する作者の健康な姿勢が、対象と一定の距離を保って、その作品にエロティックな精神と美が混在し、あるいはおおらかな笑いを約束するような作品を、文学の一ジャンルとしての好色文学とすべきだと考えられる。[神保五彌]

日本

日本の場合、上代にはこの種のものは多くないが、平安朝に、中国のこの種の文学に影響を受けた、『本朝文粋(ほんちょうもんずい)』に収める『鉄槌伝(てっついでん)』や『続本朝文粋』にある『陰車讃(いんしゃさん)』などを代表作としてあげることができる。漢文体で、男根を擬人化してその活動を叙し、また男根の効用を頌(しょう)して性交の秘戯を描いたこれらの作品は、漢文体ゆえに卑俗さが薄められ、知的な興味で迎えることができる。この種の作品は、室町期の一休宗純(いっきゅうそうじゅん)の『狂雲集』『続狂雲集』に収められた閨房(けいぼう)の秘事を赤裸々にうたった漢詩、また近世に入って『唐詩選』の一句と『百人一首』の下の句とを取り合わせて吉原事情を説く洒落本(しゃれぼん)『異素六帖(いそろくじょう)』や『春臠拆甲(しゅんれんたくこう)』『大東閨語(たいとうけいご)』など、一連の流れを形づくる。室町期には、それまで読み捨てにされていた俳諧(はいかい)の連歌を京都の数寄者(すきもの)が編集した『竹馬(ちくば)狂吟集』や山崎宗鑑(そうかん)(せん)の『新撰犬筑波集(いぬつくばしゅう)』に、戦乱期に生の根元としての性をおおらかに肯定して猥雑(わいざつ)のなかに諧謔(かいぎゃく)を尽くした句が多くみられるが、この流れは近世に入って雑俳(ざっぱい)から川柳(せんりゅう)へと受け継がれ、川柳の末番句を集めた『誹風末摘花(はいふうすえつむはな)』に結集する。
 中世末から近世初頭にかけての咄(はなし)の流行は、好色小咄(こばなし)を含んで、浮世草子(うきよぞうし)のなかに流入し、西鶴(さいかく)の『色里三所世帯(いろざとみところしょたい)』『浮世栄花一代男』などから、江島其磧(きせき)の『魂胆色遊懐男(こんたんいろあそびふところおとこ)』に至って、長編化し、しだいに卑俗化してゆく。一方、漢戯文の好色文学と並んで、国学者の雅文による好色文学も、近世中期から一つの流れとして存在する。沢田名垂(なたる)の『阿奈遠可志(あなおかし)』や黒沢翁満(くろざわおきなまろ)の『藐姑射秘言(はこやのひめごと)』などが代表作である。近世にはなおこの種のものが多数あるが、明治以降は、文学の本質に対する自覚と、権力の禁圧から、多くはない。[神保五彌]

中国

好色小説は市民社会の発展のなかでおこる。したがって中国では、好色小説が現れるのは明(みん)代(1368~1644)からである。孫楷第(そんかいだい)の『中国通俗小説書目』(1958刊、改訂版)には明代の好色小説として8種があげられているが、そのなかでもっとも著名なのは『如意君伝(にょいくんでん)』と『痴婆子伝(ちばしでん)』である。前者は唐の則天武后(そくてんぶこう)と巨根のゆえをもってその寵臣(ちょうしん)となった薜敖曹(せつごうそう)との話、後者は1人の老婆が語る性の一代記。前者は日本の道鏡(どうきょう)説話に、後者は西鶴の『好色一代女』に影響を与えている。ほかに『繍榻野史(しゅうとうやし)』『浪史(ろうし)』なども著名である。『金瓶梅(きんぺいばい)』も性の場面の描写がきわめて大胆なことから、一般には好色小説とみなされているが、これは当時の大商人の生活を鋭くえぐり示した一種の社会小説であって、好色小説とはいいきれない。
 清(しん)代(1616~1911)には好色小説の数が多く、前記の『中国通俗小説書目』には33種があげられているが、代表的なものは『肉蒲団(にくぶとん)』と『紅杏伝(こうきょうでん)』である。両者とも好色な男の一代記という形で書かれている。前者は清初の優れた小説家・戯曲家である李漁(りぎょ)(筆名笠翁(りゅうおう))の作とみなされている。清代のものではほかに『燈草和尚(とうそうおしょう)』(『和尚縁(おしょうえん)』)、『株林野史(しゅりんやし)』などが著名である。民国(1912~)以降のものでは、張競生(ちょうきょうせい)編集の『性史』が著名である。これは短編の性的体験記を集めたという形の小冊子で、第1集(1926)から始まって順次第20集まで出たようである。[駒田信二]

西洋

笑いを内に含みながら性行為またはその周辺を描いた文学は、やはり古代ギリシアに端を発している。酒神ディオニソスを寿(ことほ)ぐ祭礼が性の解放を主とする喜劇の発生を促し、その本格がアリストファネス(前5世紀~前4世紀)の作品に昇華したが、彼は、観客を笑わせるその種々の要素の大きな一つに猥雑を交えて傑作『女の議会』などを書いた。ローマではティブルス、カトゥルスなど短詩の名手が肉感にあふれる多くの詩を書いたが、その代表格はオウィディウス(前1世紀)であり、これが後世ヨーロッパにおける好色文学の祖となった。主著は『アルス・アマトリア(恋愛技巧術)』で、内容は恋愛の教化であり、中世宮廷風文学に拠点を与えたものである。12~13世紀になると、フランスで「ファブリオー」fabliaux(中世小咄)が栄え、フランス本国はもとより、広くインド、ペルシア、アラビアに求めた話が140編余り残されている。この種の話がイタリアに入ると、14世紀にボッカチオの『デカメロン』となり、ここからさらに15世紀フランスの『サン・ヌーベル・ヌーベル』に、そして16世紀にはマルグリット・ド・ナバールの『エプタメロン』(1559)へと系譜が連なる。ただ、この時代のドイツには、まだ文学の名に価するこの種の傑作はない。
 以上は主として散文で物されたもの(ただし、ファブリオーは8音綴(おんてつ)の韻文)であるが、ラ・フォンテーヌの『コント集(風流譚(たん))』(1665~71)は、この同じ系統の文学を彼独特の躍動する韻文で書いたものであり、西欧伝統の女性風刺と好色ものの一つの高峰をなしている。イギリスではチョーサーの『カンタベリー物語』(14世紀)が、またこの類型の傑作である。ルネサンス期に入ると、かつてのローマの短詩はネオ・ラテン派の詩人を生み、彼らはプレイアード派の詩人ロンサールを盟主として多くの「接吻(せっぷん)」baiserの詩が書かれた。彼らは十行詩や十四行詩(ソネット)を使って、詩人と恋人との間の甚だ肉感的なエロティシズムを発散させている。
 18世紀以降になると、フランスでは、文学は心理的・社会的なもろもろの要素をそのなかに取り入れて様相を複雑化し、人間性の探求、社会風俗の活写をその内容としていった。そのため、ある種の文学では性とそれを取り巻く周辺の描写ばかりでなく、たとえばサドとかカサノーバとかクレビヨンなど、この時代のある面を象徴するような人物が出て、きわめて特異な性描写を行い、また反社会的行動を描いた。また19世紀のリアリズム、自然主義の時代になると、バルザックをはじめ各作家が、イズムの必然性から性の分析と解剖を露骨に、また鋭く行っている。これはドイツ、イギリスにおいても同様で、文学史でみる限り、シュニッツラーの『輪舞』(1900)を主とする劇作品は、18世紀末のボーマルシェの『フィガロの結婚』(1781)とともに舞台に艶笑(えんしょう)的性格を横溢(おういつ)させている。なお、近代イギリスのD・H・ローレンスは、代表作『チャタレイ夫人の恋人』(1928)の、思いきった赤裸々な性描写で話題をまいたが、その硬質的文体と作者の誠実さとのゆえに高い文学性を失っていない。[佐藤輝夫]

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