古代ギリシア最大の喜劇詩人。新喜劇のメナンドロスに対し、古喜劇を代表する。ペリクレス治政下のアテネの黄金時代に生まれたが、青・壮年時代はペロポネソス戦争(前431~前404)と重なり、その作品は政治色がきわめて強い。敵軍侵入のたびに農地を荒らされる農民の立場から和平論を主張し、手工業者層から成り上がった扇動政治家を憎み、新流行の思想、倫理を風刺することでは終始一貫している。作品の題名は44編が知られるが、完全な形で今に伝わるのは11編、そのうち少なくとも3編が喜劇コンテストで一等賞を得た。
現存作品をごく大ざっぱにテーマ別に分けると、国の戦争続行政策に絶望した一市民が個人的に敵国スパルタと和平を結び幸せになるという『アカルナイの人々』(前425上演)、農夫がセンチコガネ虫にまたがって天に昇り、隠された平和女神を引き出して平和を実現する『平和』(前421)、『女の平和』(前411)などは反戦物といえよう。『騎士』(前424)では、名門の騎士階級とは対極的な野卑な成り上がり政治家クレオンを痛罵(つうば)し、『蜂(はち)』(前422)では、そのような扇動政治家に操られた衆愚が、でたらめな裁判で罪もない人々を蜂のように刺しまくる裁判制度を批判している。愚かしい人間界を捨てた2人が空中に理想国を打ち建てる『鳥』(前414)はユートピア幻想の快作である。悲劇詩人エウリピデスのパロディーである『女だけの祭』(前411)と『蛙(かえる)』(前405)は文芸物。アテネの無条件降伏をもってペロポネソス戦争が終結したのちは、彼の喜劇から激しい攻撃性が失われ、題材もアテネという局地性を離れて人間性一般の風刺に向かう。財産の共有と女性による男性の共有をうたう『女の議会』(前393)は、プラトンの『国家』で展開される共産制の思想との関係が論議されており、最晩年の『福の神』(前388)は中期喜劇といってもいいような世相劇である。
現代の一般的な喜劇の観念からみて驚くべき点は、彼の作品にみる個人攻撃の激しさ、卑猥(ひわい)語あるいは性的イメージの頻出、超自然超論理の発想の奇抜さである。彼は若年の作『バビロニア人』(前426。散逸)によって時の権力者クレオンたちを非難し、ために告発されて生命さえ危うくなったが、のちの作品ではその事実をぬけぬけと公表しているし、さらには『騎士』で趣向も新たにクレオン攻撃を再開している。このような大胆な試みがなされえたということは、彼の喜劇が時の権力者から敵視される以上に、当時のアテネ社会から存在を必要とされるような機能を果たしていたということであろう。すなわち彼の喜劇は、日ごろは抑圧されている暴力や卑猥性への市民たちの願望を舞台上で解放し、平和や世の変革の幻想をたまさか味わわせ、ことば遊びと発想の妙で笑いをふんだんに提供したのである。
彼自身は平和主義者である以上に喜劇作者であった。同じものの焼き直しはせず、いつも新しいくふうを考えた(『雲』前423)と自負するように、一作ごとに奇抜な趣向を用意し、観衆から笑いをとるためには、考えられる限りの喜劇のテクニックを利用した。駄洒落(だじゃれ)、新造語、他作家や方言のパロディー、漫才的掛け合い、どたばたなど。しかし、新流行のソフィスト的教育、科学思想、無神論を風刺するためにソクラテスをその代表者のごとくに仕立てあげた(『雲』)のは、ソクラテスの刑死の悲しむべき遠因の一つとなったのかもしれないのである。
[中務哲郎]
『田中美知太郎他訳『ギリシア喜劇全集 1・2』(1961・人文書院)』▽『田中美知太郎訳『アリストパネス』(『世界古典文学全集 12』1964・筑摩書房)』
古代ギリシア,アッティカ古喜劇の三大作家のひとり。そして,このアッティカ古喜劇という世界の文学史のなかできわめて特異な場所を占める文芸分野の完成者であり,またその死の証人でもある。彼の創作した喜劇は,20歳前の作と伝えられる《宴の人々(ダイタレス)》(前427)から,《福の神(プルトス)》(前388)に至るまで44編に及ぶと伝えられているが,そのうちの11編,すなわち《アカルナイの人々》(前425),《騎士》(前424),《雲》(前423),《蜂》(前422),《平和》(前421),《鳥》(前414),《女の平和》《テスモフォリアを祝う女たち》(ともに前411),《蛙》(前405),《女の議会》(前392),《福の神》はほぼ完全な形で残っており,そのすべては邦訳によっても読むことができる。
民会,将軍,煽動政治家,戦争,平和条約等の高度に現実的な問題や状況を舞台に乗せ,そこに登場したひとりの,現実的な意味では無力のアテナイ市民(典型的には,ペロポネソス戦争によって耕地を荒らされ最も大きな被害を受けている郊外の農民)が,個人に残されている最後の力であるところの想像力,表現の力によって現実を逆にひざまずかせるというのが,アリストファネスないしはアッティカ古喜劇の独自の世界である。しかし,このアッティカ古喜劇独自の世界を見せているのは,《鳥》ないしは《女の平和》に至るまでであり,これ以後のアリストファネス喜劇はかなりその様相を,内容的にも形式的にも異にしており,破壊的な言語の力を失って,われわれが〈コメディ〉という言葉で想像しうるものにかなり近いものとなっている。アリストファネスの古喜劇期と,アテナイがギリシア世界の支配権を失うことになったペロポネソス戦争の期間は,ほぼ重なり合い,この文芸ジャンルが現実と相かかわることの深さを教えてくれる。彼の喜劇に登場する人物は,ギリシア神話の英雄たちというポピュラーな存在を舞台に乗せたアッティカ悲劇の場合とちがって,現実のアテナイ市民という,われわれにはきわめてなじみの薄い人々である。また,台詞に性的ないしは下半身的表現が充満し,さらにそれが劇の構成そのものに重要な意味合いを持ってくるという事態に対して,古典期アテナイ以後の人類は偏見なしには対応できなくなった。おそらくこの二つの理由によって,彼の喜劇は悲劇詩人たちと比較すると,不当に小さな影響力しか後世に及ぼしえなかった。わずかに,ローマ帝政期のサトゥラ(風刺)詩人ユウェナリス,ルネサンス期フランスのラブレーに,その破壊的な笑いの後継者を見いだすことができるのみである。しかし自由アテナイの,しかもその自由の崩壊寸前の最も緊張に満ちた時期の精神的代表者,証人としての価値は,トゥキュディデスとともに高く評価されてしかるべきである。
古喜劇期以後のアリストファネス喜劇のうちとりわけ注目を引くものは,《蛙》である。三大悲劇詩人を失って沈滞したアッティカの演劇界を背景に,悲劇を捧げられ続けたディオニュソスが従者クサンティッポスとともに,黄泉(よみ)の国にこの三大詩人を訪れるという筋立てそのものが,すでに何かが終わってしまっているという感じをわれわれに抱かせるけれども,それとは別に,自作を弁護し,相手の作をけなす登場人物アイスキュロスとエウリピデスのやりとりのなかに,われわれはおそらく世界最古の自覚的な文芸批評の試みを読み取ることができるからである。内容空疎な大言壮語に陥る危険をはらんだ高揚(アイスキュロス)と卑俗に陥りやすい平易な表現態度(エウリピデス)との対比は,古代の文芸批評における根本問題として受け継がれ,紀元後1世紀の伝ロンギノス《崇高について》などを通して,近代文芸批評の成立と深い関係を有するに至っている。
執筆者:安西 真
アレクサンドリアの文献学者,文法家。ビザンティン(ビュザンティオン)に生まれる。前200年ころアレクサンドリア図書館の館長となり,ホメロス,ヘシオドス等の校訂を行う。《オデュッセイア》23章297行以下を削除したのは彼が最初。アリスタルコスとともに古典期の最良の作品をジャンルごとに選び,カノン(正典)の基礎を作った。悲劇・喜劇の《梗概》《方言集》《諺句集》,その他喜劇や文法に関する論文も書いた。
執筆者:池田 黎太郎
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前450頃~前385頃
古代ギリシアの最高の喜劇作者。アテネのいわゆる古喜劇を代表する作家で,その作品のうち『女の議会』『雲』など11編が現存する。その作風は痛烈な政治風刺と個人攻撃を特色とし,またペロポネソス戦争中につくられたため,『女の平和』のように戦争反対を主張した。晩年の作品は社会風刺の色彩が濃い。
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…前411年に上演されたアリストファネス作の喜劇。このころシチリア遠征に失敗したアテナイは,ペロポネソス戦争における主導権をすでに失っており,同年には,内政的にも,400人政権による民主政の破壊,さらにその400人政権の崩壊と激動が続き,アテナイ市民にとっては耐えがたい苦難の年であった。…
…しかし同時代の喜劇詩人エピカルモスは,プロメテウスを大盗人にしたて,人間も何を盗まれるかと戦々恐々としている様を語っている。演劇の神ディオニュソスも,エウリピデスの《バッコスの信女》の中に現れるときは凄惨な密儀宗教をつかさどる恐るべき神であるが,同じとき書かれたアリストファネスの《蛙》の中では,臆病で定見のない一人の演劇評論家にすぎない。神々のみならず伝説的な英雄たち,現実社会の有名人や権力者たちも,喜劇の舞台ではきわめて低俗な欲望の操り人形として容赦なくこきおろされる。…
…続いてソフォクレス,エウリピデスらも観客の心眼を,人間の行為と運命を神々の眼からとらえる悲劇芸術の視点にまで高めようとしている。さらに特記すべきはアリストファネスの喜劇であろう。完全な言論の自由を喜劇詩人の特権として容認したアテナイ民主主義の特質も刮目(かつもく)に値する。…
…前423年にアテナイのディオニュシア祭において上演されたアリストファネス作の喜劇。家族の浪費のため借金に苦しんでいるアッティカ郊外の農夫ストレプシアデスは,この借金を返さずに済むようにと,〈負け目の議論を勝たせる法〉を伝授するとのうわさがあるソクラテスの学校へ入学する。…
…前414年に上演されたアリストファネス作の喜劇。アテナイ人の主人公が,鳥たちをそそのかして雲の中に鳥の国を創らせ,神々に向かって昇ってゆく犠牲の煙を途中で差し押さえさせて,ついに兵糧攻めに参った神々が鳥たちに休戦条約を申し出るという筋立て。…
…
[小アジア]
プリニウスはパピルスについて記した《博物誌》の同じ場所で,皮紙がペルガモンで発明され,その後この材料の使用が一般に広がり,これによって人類の不滅性が確立したと述べている。ヘレニズム時代に文化の一大中心地となった小アジアのミュシアの首都ペルガモンの王エウメネス2世(在位,前197‐前159)は,父アッタロス1世の雄図をついで学芸の振興に力を注ぎ,アレクサンドリアのそれにも匹敵するほどの図書館を建てようと思い立ち,当時エジプトのプトレマイオス5世エピファネス王(在位,前205‐前180)のもとでアレクサンドリア図書館長をしていた文献学者,文法学者ビザンティンのアリストファネス(前257ころ‐前180ころ)を,ペルガモンの自分の宮廷に招こうとした。プトレマイオスは怒ってアリストファネスを獄に投じ,ペルガモンへのパピルス輸出を厳禁した。…
※「アリストファネス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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