改訂新版 世界大百科事典 「学習機械」の意味・わかりやすい解説
学習機械 (がくしゅうきかい)
learning machine
経験によって行動になんらかの永続的変容が生じたとき学習がなされたと定義される。学習によって動物は生得的な行動を精巧なものとし,また新しい行動を獲得して多様性と適応性に富んだ生活様式を可能にしている。高等動物,とくに人間の脳ではこの能力は高度に発達しており,そのときの情報処理には計算機とは異質のすぐれた方式がとられているものと考えられている。学習機械は脳の情報処理を機械で実現しようとする試みの一つであって,1955年ころから研究が始められた。脳における記憶には短期記憶と長期記憶があって,それらは別の機構によって実現されており,前者は神経回路網に継続的な興奮が発生している状態であり,後者はこの興奮によって神経細胞を相互に結合するシナプスの伝達効率に変化が生じた状態であると考えられている。シナプスの伝達効率の変化という考えははじめ心理学の分野で提案されたものである。その後,生理学,生化学的にその基礎のメカニズムがしだいに明確にされつつある。学習機械はこれらの知識にヒントを得て作られている。学習機械の構成要素は神経細胞をモデルとした閾(いき)素子である。閾素子は入力刺激の量が閾値とよばれる一定の値以下であれば静止状態にあるが,それを越えると興奮状態になる。閾素子の入力刺激の量は,この閾素子に結合している他の閾素子の状態を表す量の荷重和であり,この荷重和の荷重が神経細胞のシナプス伝達効率に相当するものである。学習機械の学習はこの荷重を入力刺激と機械の出力に応じて変化させることによって実現されている。種々の学習方式が工夫されているが,それらは誤り訂正学習と相関学習に大別される。
誤り訂正学習方式による学習機械の代表的なものに,1961年アメリカのローゼンブラットF.Rosenblattらの作ったパーセプトロンがある。これは学習機械の最初のものでもある。パーセプトロンは図形として与えられる入力を受け取る目と中枢細胞と図形が二つのクラスのどちらかに属すかを表示する出力細胞とから構成されている。入力の図形を順次提示していくと,機械は正しく答えるときと誤って答えるときがあるが,正解のときにはどの荷重も変えない。一方,誤って答えた場合には,そのとき興奮していた中枢細胞の結合を,出力が正解に近づくように少し変える。このような学習を繰り返すと,適当な条件のもとで,すべての入力図形に対して正しい解答を出力するようになることが示されている。なお,小脳における運動の学習がパーセプトロンの学習の仕方と同様のものであるとする仮説が提案されていたが,最近この仮説の妥当性を強く支持する生理学的事実が得られている。
さて,相関学習においては入力図形の各部分の相互関係を示す相関行列と呼ばれる量を記憶する。すなわち,この学習方式では入力細胞層と出力細胞層を考え,各入力図形(入力細胞の興奮パターンとして与えられるものとする)に対して,i番目の入力細胞とj番目の入力細胞がともに興奮していれば1を,そうでなければ0を,i番目の入力細胞とj番目の出力細胞の結合荷重として記憶する。そして,入力図形が与えられるたびにこの量を以前のものに加えていく。また,出力は各入力細胞の状態を表す量に,対応する結合荷重をかけた荷重和として決められる。この方式によると適当な条件のもとでは,以前に記憶した図形を提示するとそれを完全に想起でき,さらに,以前に与えられた図形の一部分やそれに近い図形を入力すると以前に記憶した図形を再生することができる。これは一種の連想と考えられるので連想記憶とも呼ばれる。この方式に基づいて,工学的な実現性を配慮したアソシアトロンと呼ばれる連想記憶機械が日本で作られている。このほかに,外部から正解を与えて学習を進める代りに,機械の中部に学習の方向を決める法則を組み込んだ学習機械も作られており,その学習方式は教師なし学習と呼ばれている。4層パーセプトロン(アメリカ)やコグニトロン(日本)などはこの例である。学習機械の研究はすでに20年余の歴史をもち,この種の機械の能力の可能性と限界がしだいに明らかにされてきたが,はじめの目標であった脳に近い情報処理機械の工学的実現の意味ではいまだ今後の研究に残されたところが多い。
執筆者:吉沢 修治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報