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孫秉煕 そんへいき Son Pyǒnghǔi

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

孫秉煕
そんへいき
Son Pyǒnghǔi

[生]哲宗12(1861)
[没]1922
朝鮮,朝鮮王朝 (李朝) 末期の民族主義者,天道教の教祖。幼名は応九。号は義菴 (ぎあん) 。忠清北道清州市出身。高宗 19 (1882) 年東学に入門。同 31年の甲午農民戦争 (東学党の乱) のとき北接軍の統領として参加したが敗退,一時元山,江界に避難。

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百科事典マイペディアの解説

孫秉煕【そんへいき】

朝鮮の天道教の創始者,独立運動家。号は義庵。忠清南道清州生れ。1905年,日本による植民地化に協力的な一進会に反対して東学の正統を受け継ぐ宗教として天道教を宣布。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

孫秉煕 そん-へいき

ソン-ビョンヒ

孫秉煕 ソン-ビョンヒ

1861-1922 朝鮮の宗教家,独立運動指導者。
哲宗12年2月28日生まれ。1894年の甲午農民戦争(東学党の乱)に参加。1898年民族宗教結社東学の3代教主,のち上海,日本に亡命。1906年帰国し,東学を天道教と改称して教主となる。1919年三・一独立運動独立宣言書に署名し逮捕された。1922年5月19日死去。62歳。忠清道出身。号は義庵。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

孫秉煕

没年:大正11.5.19(1922)
生年:哲宗12.2.28(1861.4.7)
朝鮮の天道教の創始者,3・1独立運動指導者のひとり。日本語読み「そん・へいき」。号は義庵。高宗19(1882)年に東学に入り,甲午農民戦争(1894)に参加し,第2代教主崔時亨の刑死(1898)後は第3代教主となるが,政府の追及を受け日本に亡命する。日露戦争(1904~05)のとき李容九らが東学を基盤に一進会を組織して日本軍に協力するや,これに反対して東学を天道教と改称し(1905),翌年帰国して教主となり教団の再組織に努めた。3・1独立運動(1919)に際し民族代表筆頭として独立宣言文に署名したが,逮捕され病気保釈中に死亡した。親日と反日の間を揺れ動いた宗教家。<参考文献>呉知泳『東学史』,姜在彦『近代朝鮮の変革思想』

(森山茂徳)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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