一進会(読み)いっしんかい(英語表記)Ilchinhoe

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

一進会
いっしんかい
Ilchinhoe

朝鮮,朝鮮王朝 (李朝) 末期の親日政党。実質会員 10万といわれる。光武8 (1904) 年8月,宋秉しゅん (そうへいしゅん) とかつて独立協会のメンバーであった尹始炳 (いんしへい) ,兪鶴柱 (ゆかくちゅう) らが結成した。綱領として,王室尊重,人民の生命財産保護,施政改善,軍事,財政の整理などを掲げた。しかし,地方組織がなかったので,12月東学党の残存勢力を糾合して李容九 (りようきゅう) らが組織した進歩会と統合,李容九を会長とした。日本から巨額の政治資金を受け,日本人を顧問にして,機関紙『国民新報』を通じて親日的風潮をあおった。一方,京義線鉄道敷設のための労役提供,乙未 (いつみ) 条約締結支持,高宗譲位強要,隆煕皇帝 (純宗) への日韓併合案を上奏するなど,国民から激しい非難を浴びながら,日本の政策の先取りに努めた。 1910年8月,日韓併合が行われたので,同年9月解散した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

いっしんかい【一進会】

日露戦争中の1904年8月,日本軍通訳をつとめた宋秉畯(へいしゆん)が組織した朝鮮の親日御用団体。最初は開化政策を標榜して尹始炳ら独立協会系の人物を取りこんだが,同年末組織拡大の必要から李容九の率いる東学系結社進歩会を吸収した。翌05年,朝鮮植民地化の動きが本格化するにつれて日本政府および軍の特別の庇護を受け,日本の政策を支持する運動を活発に展開した。さらに一進会は,朝鮮内の反日的な動向を探るスパイ活動や日韓併合に向けての親日世論作りのために利用された。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

いっしんかい【一進会】

1904年(明治37)、日露戦争勃発直後の朝鮮に成立した親日派の政治団体。日韓合邦運動を推進し、10年、韓国併合とともに解散。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の一進会の言及

【李容九】より

…貧農の出で苦節して東学の幹部になったが,1894年甲午農民戦争時の責を問われて逮捕される。出獄後,朝鮮民族を危機から救うために日本と提携する必要を説き,進歩会をひきいて1904年一進会に合流,翌年同会会長となる。以後は一貫して日韓合邦論を提唱,《韓日合邦建議書》を国王や要路の人物に提出することもした。…

※「一進会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

4低男子

女性が結婚相手に望む理想の男性像の一つ。「4低」は、女性に対して威圧的な態度を取らない「低姿勢」、家事や子育てを分担して妻に依存しない「低依存」、堅実な仕事に就きリストラに遭うリスクが少ない「低リスク...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android