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安鼎福 あんていふくAn Chǒngbok

世界大百科事典 第2版の解説

あんていふく【安鼎福 An Chŏng‐bok】

1712‐91
朝鮮実学派の学者,歴史学者。字は百順,号は順菴または椽軒。広州の人。科挙試のための学問を拒み,星湖李瀷(りよく)の学徳を慕ってその門下に入り,経史に明るい。李瀷の死後,少壮星湖学派に天主教(キリスト教)に傾倒する者が続出したが,反対派の攻撃の口実になることを憂えて,1785年に《天学考》《天学問答》(天学は天主教)を著して戒めた。その効なく彼の死後の1801年には辛酉(しんゆう)教獄が起きる。国王に招かれて若干の官職を歴任したが,晩年は著述や読書に専念し,師李瀷の文集《星湖僿説類選》を編撰したほか,編年体の歴史書《東史綱目》20巻や,《下学指南》その他の著作がある。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

安鼎福
あんていふく
(1712―1791)

朝鮮、李(り)朝の学者。字(あざな)は百順、号は順菴(じゅんあん)、諡号(しごう)は文粛(ぶんしゅく)。推挙で任官したが、辞して郷里広州で20余年間講学に努めた。のち、英祖(在位1724~1776)末年に王世孫(後の正祖。在位1776~1800)の教育係となって活躍し、官は同知中枢に昇り、広成君に封ぜられた。彼は、朱子学を自己の学問の土台としながら、師である星湖李(りよく)(1681―1763)の学風を継承して経世致用の実学を研究し、学界の重鎮となった。歴史学に通じ『東史綱目』を著したほか、『順菴集』『臨官政要』『天学考』など多くの著作がある。[山内弘一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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