英祖(読み)えいそ

朝日日本歴史人物事典「英祖」の解説

英祖

没年:英祖40.8.5(1299.8.31)
生年舜天43(1229)
琉球国の黎明期に君臨したと伝えられる王。沖縄本島の浦添を勢力圏としていた恵祖(伊祖)の子で,母親が太陽の夢を見て懐妊したという伝説がある。英祖1(1260)年に即位して以後,40年間にわたり王の座に君臨したといわれる。英祖5(1264)年,久米,慶良間,伊平屋などの各島からはじめて入貢があり,同7年には奄美からも進貢が行われた。このように周辺の島々を服属させる一方,国内の田野をめぐり耕地の境界を正し民力をひとしくして生産を高めるなど,善政をしいた。また,浦添城の西に極楽寺を建立して仏教興隆にも寄与したと伝えられる。

(真栄平房昭)

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百科事典マイペディア「英祖」の解説

英祖【えいそ】

朝鮮王朝第21代の王。在位1724年より76年で,朝鮮王朝で最長の治世を記録している。孫の第22代の正祖の治世と続き,英祖・正祖時代は朝鮮王朝ルネッサンスとも呼ばれる。英祖は,党派均衡の人材登用につとめ,臣下と王室調和を図り,また財政税制改革に取り組み,民衆の直訴制度を復活させるなど内政の改革に尽力した。また古今の文物制度を通覧する《東国文献備考》の編纂や法典の整備なども行い,文治主義の実現につとめたが,晩年の1762年に実子の思悼世子を暴虐行為を理由に櫃に閉じこめて死に追いやるという悲劇を出来させ,その妥当性をめぐって臣下間に党派的な争いを生んだ。

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世界大百科事典 第2版「英祖」の解説

えいそ【英祖 Yŏng‐jo】

1694‐1776
朝鮮,李朝第21代の王。在位1724‐76年。文芸復興の王として知られ,31歳で即位し李朝では最長の治世52年に及んだ。即位当初から臣下間の党争調停に心をくだき,蕩平策とよばれる各派閥から人材を登用する政策をとり,臣下との調和に努めた。また社会政策の面でも度支定例や均役法などの財政・税制改革を行い,寛刑の実施,申聞鼓とよばれる民衆の直訴制度の復活など,王道理念からする数々の政策を実施した。その基礎には《六典》や《続大典》などの法典の整備,《続五礼儀》や《東国文献備考》などの一種百科事典の編纂事業などがあった。

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