フランスの哲学者。正しくはベルクソン。幼少より秀才の誉れ高く,エコール・ノルマル・シュペリウールでは後の政治家ジョレスと首席を争う。卒業後,地方校教授を経て,1889年学位取得。1900年よりコレージュ・ド・フランス教授。タルドの後任として現代哲学を担当し,その名講義により一世を風靡(ふうび)する。第1次大戦ころより公的活動多く,道徳・政治科学アカデミー議長,アカデミー・フランセーズ会員,スペイン特派使節などを歴任。とくに17-18年,特派使節としてのアメリカ派遣に際しては,孤高の大統領ウィルソンの胸襟を開かせうる数少ない一人として,合衆国参戦に尽力。戦後,コレージュ・ド・フランス名誉教授,国際連盟国際知的協力委員会会長。29年ノーベル文学賞受賞。30年レジヨン・ドヌール最高勲章受章。生涯,知識人としての最高の名誉に恵まれながら,つねに寡欲で献身的な聖人の面影を失わず,第2次大戦下のパリ,ナチスの提供する特権を拒みながら,清貧のうちに没した。
その哲学は師であるラベソン・モリアン,ラシュリエらと同じく,フランス伝来の唯心論的実在論に属し,晩年カトリック神秘主義をも取り入れたが,同時代最新の科学的成果を渉猟したその思索は,実証主義的・経験主義的形而上学とも呼ばれる。真の実在とは何か。彼は,概念や言葉の空転を退けて内省に専念するとき,そこに意識の直接与件として現前する内的持続は,その疑いの余地なき明証性ゆえに,真実在,少なくともその一部とみなさるべきであるとする。そして,この内的持続への永い時間をかけた注意深い参入は意識にとって可能なのであるから,当時流行のカント・新カント哲学に抗して,実在認識は可能としなければならないと考えた。ただしカントのいう感性的直観や悟性によってではなく,超知性的直観によってである。かくて持続と直観をおのおの存在論的・認識論的原理として,西洋哲学史の伝統を批判的に克服しつつ,人間・世界・神をめぐる諸問題に新たな照明を当てていく。
まず,内的持続は過去を包摂し未来を蚕食しつつ現在を進展する生動であるから,その存在様態は時間性にあるとしなければならない。そしてその進展は意識の生動として刻一刻新しい質の現出とその転変の連続を内容とするものであるから,等質的な物理学的時間とは次元を異にし,決定論の解釈図式が通用するものでもない。自由とはそれゆえこの内的持続への帰一であり,その発出としての純粋自我の行為である。他方,物質界は一瞬前の過去を惰性的に反復するだけであるから,このような持続の弛緩の極といえ,その他の宇宙の万象は,緊張のもろもろの度合による多彩・多様な創造的進化の展開であり,緊張の極はエラン・ビタルélan vital,さらには一般人ならぬ天才・聖人らの特権的個人によって直観される持続としての神的実在である。そして倫理的・宗教的行為とは,カントのいう理性の律法による選択ではなく,かかる特権的個人の行為を通じて発出する神的エラン・ダムールélan d'amourによる地上的持続の方向づけとそれへの参与にある。永遠界に在るとされたプラトン的真実在は,かくて時間論的・キリスト教的視角から刷新され,物理学,数学をモデルに構築されたデカルト的宇宙観も,心理学,生理学さらには生物学という新しい時代の科学を踏まえて生動化される。そして近代哲学の至宝と難題をなしていた知性と心身関係は,前者は生命という持続からの派生物として相対化され,後者は持続のリズムによるその相関性を指摘され,おのおの新たな意味づけを得た。時間問題を重視する現代諸哲学への影響は大きく,認識論的問題意識の希薄さゆえに現象学からの批判もうけたが,その質的変幻の思想は最新の差異の哲学によってふたたび高く評価されつつある。主著《意識の直接与件に関する覚書》(別名《時間と自由》)(1889),《物質と記憶》(1896),《形而上学入門》(1903),《創造的進化》(1907),《哲学的直観》(1911),《道徳と宗教の二源泉》(1932)等。
執筆者:中田 光雄
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1859~1941
フランスの哲学者。生の哲学の立場に立つ。意識は量的に測定しえない流動的な純粋持続であり,生命は飛躍する創造的進化であるとする。主著『創造的進化』など。
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【映画芸術の本質論】
しかし,他方では,時間と空間の運動を映像に記録し再現する〈映画の原理〉に,いち早く注目していた〈20世紀〉の哲学者や芸術家たちもいた。フランスの哲学者ベルグソンはすでに1902‐03年に意識や思索のメカニズムと映画のメカニズムのアナロジー(類似)を論じ,〈人間は内面のシネマトグラフを回す以外のことは何もしない〉と述べている。機械や科学技術の産物であるがゆえに映画を芸術ではないとする考えが強固に存在する一方,逆にそれゆえに機械と芸術を結びつけようとする〈20世紀〉の芸術運動に,映画は合流することになる。…
…また企業の営利主義から生まれた薬害が目だつようになり,人間不在の医療や心を切り捨てた身体観に対する不信が高まり,身体についての新しい見方が要求されてきているといえよう。哲学の分野でも,ベルグソンやメルロー・ポンティのように,心理学や精神病理学の研究に注目しながら,心身の相関関係について分析し,デカルト以来の物心二元論を克服しようとする動きがみられる。実存哲学や現象学も,身体の問題の重要性に注目するようになった。…
…例えば《守銭奴》は,吝嗇漢(りんしよくかん)という従来の喜劇に特徴的な誇張された類型から,リアルな性格をもつ人物に変わっており,それゆえに性格喜劇と呼ばれるのである。彼の喜劇は,主として性格的に欠陥のある人物が破滅し,常識的な人物が幸福な結末に至るという構造をもっているが,ベルグソンは《笑い》のなかで,欠陥のある〈硬直化した〉人物を,社会から排除することを喜劇の機能と考えている。
[近代から現代]
18世紀には,演劇を道徳的に役立つものとみなす考え方が強くなったから,矯正という役割も考えられた。…
…カントにおける実践の主体としての理性の概念,フィヒテにおける根源的活動性としての自我の概念,ヘーゲルにおけるおのれを外化し客観化しつつ生成してゆく精神の概念などにそれが見られよう。フランスにおいても,意識を努力と見るメーヌ・ド・ビラン,精神を目的志向的な欲求や働きと見るラベソン・モリアン,意識を純粋持続として,純粋記憶として,さらには〈生の躍動(エラン・ビタール)〉の展開のなかでとらえようとするベルグソンらの唯心論の伝統があるが,ここにも同じような傾向が認められる。当然のことながら,こうした展開のなかで精神は単なる知的な能力としてではなく,むしろ意欲・意志としてとらえられるようになる。…
…20世紀前半を代表する哲学の一分野で,実存の哲学の前段階を成す。理性を強調する合理主義の哲学に対し,知性のみならず情意的なものをも含む人間の本質,すなわち精神的な生に基づく哲学が〈生の哲学〉であり,ベルグソン,R.オイケン,ディルタイ,ジンメル,オルテガ・イ・ガセットなどを代表とする。その先駆は,18世紀の啓蒙主義に対してルソー,ハーマン,F.H.ヤコビ,ヘルダー,さらにはF.シュレーゲル,ノバーリスなどが感情,信仰,心情,人間性の尊重を,またメーヌ・ド・ビランやショーペンハウアー,ニーチェなどが意志の尊重を説いたことにさかのぼる。…
…さらに,とくに言語化を拒むものの把握に〈直観〉が語られることがある。ベルグソンにとって,時間的な〈持続〉は,われわれがみずから直接に体験しうるだけで,言語による固定化を嫌う流動であったし,一般に神秘的なものの存在を認める立場では,そのような意味での直観が重んじられる。 もっとも,19世紀末に非ユークリッド幾何学をはじめとする新しい数学や,その基礎づけを目ざす新しい論理学が起こるにつれて,直観への信頼は薄れてきたといえる。…
…すなわち,中枢神経系が発達するほど,一定の入力情報に対する生体の反応に選択性が増す。神経系を〈不確定性の貯蔵所〉とみるH.ベルグソンの考え方(《創造的進化》)はこの意味で正しいといえるであろう。
【ヒトの脳】
[脳の発生と区分]
中枢神経系(脳と脊髄)を構成する細胞はニューロンとグリア(神経膠(しんけいこう))である。…
…ベルグソンの第2主要著作。1896年刊。…
…世界を構成する要素たるモナドは,形相的契機としての能動的力と質料的契機としての受動的抵抗力とから成る単純実体であり,いっさいの事象はそれぞれの単純実体の自発的働きの力動的展開,およびそれらの自発的働き相互の間の予定調和的対応として説明される。力動説という呼称は,ベルグソン説に典型的に見られるごとき,ダイナミックな生成を実在における本源的なものとみなす生命論的哲学説にも適用される。【増永 洋三】。…
…ホッブズによると笑いとは〈他人の弱点,あるいは以前の自分自身の弱点に対して,自分の中に不意に優越感を覚えたときに生じる突然の勝利〉を表すものだというのだが,この〈笑い=優越感=勝利の表現〉という考え方は,永らくヨーロッパの人が笑いを考える際の定式となってきた。例えばベルグソンの《笑い》(1900)には,ホッブズの名前は一度も言及されていない。しかし笑いを究明するにあたってベルグソンが立てた〈生きものの上にはりつけられた機械的なもの〉というテーゼに,ホッブズ的笑いの定式を読みとるのはさほど困難ではない。…
※「ベルグソン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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