一般に1パートを1人の奏者が受けもつ重奏形態の器楽合奏曲をさし,2人から10人程度の奏者で編成される。ただし,その概念および編成は時代によって異なっており,この定義は主として古典派以降の室内楽に該当する。
室内楽(ムジカ・ダ・カメラmusica da camera)という語は16世紀中ごろのイタリアの理論書に初めて現れる。そこでは,王侯貴族の館において限られた聴衆のために奏される,教会音楽以外の音楽をさしていた。すなわち,室内楽は演奏される場(部屋。カメラcamera)によって定義されており,声楽曲,声楽と器楽の合奏曲などを含む。その意味では,中世・ルネサンス時代の世俗音楽は大部分が室内楽として分類でき,その編成はきわめて多岐にわたる。なお,軍隊用野外音楽などは室内楽に含まれない。バロック時代においても室内楽は教会音楽と劇場音楽に対置される音楽の一ジャンルとしてとらえられており,声楽を交えた室内楽も多い。しかし,ソナタ,協奏曲,組曲といった器楽特有の楽曲が誕生するにつれ,トリオ・ソナタや四重奏曲のような古典派以降の室内楽の直接の母体ともなった楽曲がもてはやされるようになった。これらの楽曲では,低音を受け持つ奏者は複数であっても上声の旋律は1パート1名で奏され,楽器編成は多様であった。
18世紀の中ごろ,より広い場で演奏する器楽合奏曲は管弦楽として独自のジャンルを確立する一方,小編成の合奏曲は室内楽として分離独立し,室内楽は楽器のみによる重奏形態のものを意味するようになった。その中心は弦楽合奏であり,奏者の数によって三重奏,四重奏,五重奏などと呼ばれ,かつ特徴ある楽器が明示された。すなわち,弦楽器のみの四重奏は弦楽四重奏,それにピアノが加わった場合にはピアノ五重奏,などという。また,管楽八重奏といったように,ときには管楽器のみによる室内楽も存在した。室内楽は,各楽器が均等な関係でわたり合って精緻な動きをみせ,小編成ながら味わい深い表現効果をあげることを特徴としているが,その中で最も好まれたのは,バイオリン2,ビオラ,チェロによる弦楽四重奏である。4楽章からなるその基本的楽曲構造の確立は,74曲の作品を残したハイドンに負うところが多いが,ついでモーツァルト(24曲),ベートーベン(16曲)によって,古典派の室内楽は,弦楽四重奏曲を中心にその頂点に達した。ロマン派の時代に入るといっそう大きな音量や色彩豊かな響き,あるいはさまざまな感情の精細な表現に人々の関心が集まり,交響曲や交響詩といった大規模な管弦楽曲,ピアノ独奏曲やリート,さらには個性的な小品や標題音楽が好まれるようになると,本来,均整のとれた楽曲構成法を追求する室内楽は,この時代の中心的なジャンルにはなり得なくなった。しかし,シューベルト,メンデルスゾーン,シューマン,ブラームスなど,ドイツの作曲家によって傑作が生み出されているし,19世紀後半にはフランスのフランク,フォーレ,民族色を反映させたチェコのスメタナやドボルジャークらによる優れた室内楽が存在している。
20世紀に入ると,新しい音楽表現や音色の変化を追求する対象として,室内楽はふたたび重視されはじめた。たとえば十二音技法を確立したシェーンベルクは伝統的な編成と構成の室内楽を書くと同時に,声楽を交えた弦楽四重奏曲や管楽五重奏曲を残しているし,ハンガリーのバルトークは打楽器を室内楽に持ち込み,独自の様式を打ち立てている。その他室内楽の代表的な作曲家としては,ウェーベルン,ヒンデミット,ミヨー,メシアン,ショスタコービチらがあげられる。第2次世界大戦後は新しい音響への願望が強く,伝統的な楽曲構造や楽器編成をとるものはほとんどみられない。しかし小規模編成の室内楽は実験的な試みを行うには最適の媒体であって,その意味では現代は室内楽優勢の時代といえる。
執筆者:高野 紀子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
西洋の器楽合奏において、各パートに1人の独奏者を配する楽器編成法をとくに重奏(アンサンブル)といい、重奏による器楽合奏曲を総称して室内楽という。楽器の数により二重奏から九重奏に区分され、用いる楽器の種類や組合せによってさまざまな形態が可能だが、歴史的に形成された定型は十数種ほどである。もっとも重要な定型は、二つのバイオリンにビオラとチェロからなる弦楽四重奏である。
他の定型の場合にも弦楽器が主体となっており、弦楽四重奏の楽器数を増減したり(弦楽三重奏、弦楽五重奏)、それに別種の楽器を一つ加えたものが多い。後者の場合、ピアノと弦楽器の組合せはピアノ三重奏、ピアノ四重奏、ピアノ五重奏、管楽器と弦楽器の組合せはフルート四重奏、クラリネット五重奏などとよばれる。また、バイオリンとピアノの二重奏は単にバイオリン・ソナタとよばれる。管楽器のみによる定型にはフルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットによる木管五重奏がある。六重奏以上になると定型といったものはなく、任意の楽器の組合せがなされる。形式的にみると、さまざまな形態を通じて厳格な4楽章ソナタの形式が主流をなしており、室内楽を重奏のためのソナタということができる。
[大久保一]
室内楽がこうした特徴を備えるのは古典派以後のことであるが、少数楽器の合奏は世俗音楽の台頭した中世末期以来広く行われ、バロック時代には音楽の主要な一分野にまで成長していた。ただし、室内楽ということば自体は古典派以降とはやや異なる意味をもっていた。室内楽の原語「ムジカ・ダ・カメラ」は、16世紀中ごろのイタリアで教会音楽に対する世俗音楽の意味で用いられ始めた。カメラとは王侯貴族の宮廷内の部屋を意味する。バロック時代に入り、教会・劇場と並んでカメラが音楽発展の主要な舞台になると、そこでの音楽全般が室内楽とよばれるようになった。このように当時の室内楽の概念は、文字どおり室内という奏楽の場によって規定されており、独奏や声楽、さらに管弦楽をも含む幅広いものであった。室内楽の概念が編成面からとらえられるようになったのは、音楽生活の中心が貴族のカメラから市民的な公開演奏会に移った18世紀末のことである。バロック時代における狭義の室内楽の代表的形態としては、二つのバイオリンと通奏低音からなるトリオ・ソナタがあげられる。
古典派時代に入ると、通奏低音の消滅に伴いトリオ・ソナタは廃れ、セレナードやディベルティメントなどの娯楽音楽を出発点に新しい室内楽が形成された。初期には管弦楽との編成上の区別はあいまいであったが、交響曲が管弦楽のためのソナタとして発展するのと並行して、重奏のためのソナタという近代室内楽の特質が確立された。もっとも大きな役割を果たしたのは70余の弦楽四重奏を作曲したハイドンで、各楽器の対等な関係に基づく対話風の書法は他の形態においても理想とされた。モーツァルトはハイドンに学ぶとともにピアノや管楽器を含む多彩な形態を試み、ベートーベンの作品は構成の厳格さと深い精神性の表現において古今の室内楽の頂点を形づくっている。表現手段の拡大を求めたロマン派時代には、音色・音量の限られた室内楽は以前ほどの重要性を失い、この分野をまったく手がけない作曲家も多かったが、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、ドボルザーク、フランクなど古典派の流れをくむ作曲家により、古典的構成とロマン的情感の調和した作品が書かれた。
20世紀に入ると、新古典主義の潮流のもとで室内楽はふたたび重要性を増し、シェーンベルク、バルトーク、ストラビンスキーら多くの作曲家が作品を書いている。新たな特徴としては、伝統的な形態や形式を離れた自由な室内楽的表現の探究があげられる。
[大久保一]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…合奏には,1声部1楽器で奏する重奏と,各声部に複数の楽器をあてるものとに大別される。重奏の典型は室内楽で,声部数によって二重奏,三重奏(トリオtrio),四重奏(クアルテットquartetto)などと呼ばれるし,使用楽器によってピアノ三重奏,弦楽四重奏,管楽八重奏などとも称される。また,ジャズ・バンド,ハワイアン・バンドといった形態もあるし,中世日本の能の囃子(はやし)や近世邦楽における箏,三味線,尺八による三曲合奏も基本的には重奏形態である。…
※「室内楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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