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宮崎民蔵 みやざき たみぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

宮崎民蔵 みやざき-たみぞう

1865-1928 明治-大正時代の社会運動家。
慶応元年5月20日生まれ。宮崎八郎の弟。宮崎滔天(とうてん)の兄。小作人の土地問題に関心をもち,明治30年欧米の社会主義者らを歴訪。35年東京で土地復権同志会を設立,土地の均等所有を主張して各地を遊説した。運動の挫折後は中国で実業に従事。昭和3年8月15日死去。64歳。肥後(熊本県)出身。著作に「土地均享―人類の大権」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

宮崎民蔵

没年:昭和3.8.15(1928)
生年:慶応1.5.20(1865.6.13)
土地の均等配分を人類の基本権として主張した明治大正期の社会運動家。号は巡耕。肥後国玉名郡荒尾村(熊本県荒尾市)の郷士の6男。明治18(1885)年亡兄八郎の師友中江兆民 の仏学塾に学ぶが病を得て帰郷,小作農の貧窮を見て土地に対する人間の権利を回復することを決意,一生の使命とする。30年2月渡米,33年秋まで米,英,フランスの各国を巡り,社会運動家と意見交換,35年4月東京で土地復権同志会を設立し全国を遊説した。大逆事件(1911)による運動弾圧後は弟滔天の中国革命運動を支援し,孫文の平均地権政策に望みを託した。<著作>『土地均享・人類の大権』

(上村希美雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

みやざきたみぞう【宮崎民蔵】

1865‐1928(慶応1‐昭和3)
近代の社会運動家。肥後国荒尾(現,熊本県荒尾市)の人。宮崎虎蔵(滔天)の兄。号は巡耕。徳米300俵を数える郷士の家に生まれたが,小作人の悲惨を救うべく,土地問題の解決に取り組んだ。1902年,東京で土地復権同志会を創立し,全国遊説も行ったが,大逆事件に関連しての弾圧を受けて,同会は自然消滅の道をたどった。その理論は,天賦の人権と同様に,天成の土地は人類がその享有権を均等にもつとする。【狭間 直樹】

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