小倉惣次郎(読み)おぐらそうじろう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「小倉惣次郎」の意味・わかりやすい解説

小倉惣次郎
おぐらそうじろう

[生]天保14(1843).千葉
[没]1913.5.24. 東京
彫刻家千葉県農家の生れ。工部美術学校で V.ラグーザについて洋風彫刻を学び,明治の洋風彫刻の先駆者となる。また日本最初の大理石彫刻家として知られる。のちに後進指導にあたり,その門から新海竹太郎北村四海などのすぐれた作家が育った。主要作品『福島中佐像』。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小倉惣次郎」の解説

小倉惣次郎 おぐら-そうじろう

1845-1913 明治時代の彫刻家。
弘化(こうか)2年3月10日生まれ。明治10年ごろよりイタリア人ラグーザに師事して,西洋彫刻の技法をまなぶ。14年日本で最初の大理石彫刻「阿若丸」を制作して注目をあつめた。大正2年5月24日死去。69歳。上総(かずさ)(千葉県)出身。作品に「大隈重信像」「明治天皇像」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の小倉惣次郎の言及

【明治・大正時代美術】より

… 一方,工部美術学校の彫刻教師としてV.ラグーザが1875年に迎えられ,本格的な洋風彫塑を初めて伝える。ラグーザは15年間同校にあって,その門下からは大熊氏広(1856‐1934),藤田文蔵(1861‐1934),小倉惣次郎(1843‐1913),佐野昭(しよう)らが育った。彼らに加えて,81年から5年間ベネチアで学んだ長沼守敬(もりよし)が洋風彫塑の開拓者といえようが,国粋主義の伝統復興運動のさなかに設立された東京美術学校では,木彫だけが採用され,竹内久一(きゆういち)(1857‐1916),高村光雲,石川光明,山田鬼斎(1864‐1901)が登用された。…

※「小倉惣次郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

黄砂

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android