コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

小菅 こすげ

5件 の用語解説(小菅の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小菅
こすげ

東京都葛飾区西端の地区。荒川の東岸にあり,江戸時代将軍家の狩猟場であった。明治2 (1869) 年小菅県庁がおかれたが,同4年東京府に編入。将軍家の御殿跡が,のちに小菅監獄となり,現在の東京拘置所になった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

こすげ【小菅】

東京都葛飾区西部の地名。荒川放水路の東岸に位置し、綾瀬川が合流する地点の近くにある。東京拘置所がある。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

こすげ【小菅】

東京都葛飾区の地名。荒川東岸に位置する。江戸時代には小菅村と呼ばれた。三代将軍家光は関東郡代伊奈半十郎忠治にその下屋敷として村内に10万坪の土地を与えたが,のちにここは歴代将軍の鷹狩りの折に御膳所として使われ,小菅御殿と呼ばれた。1792年(寛政4)に伊奈家が断絶してのちは江戸町会所の籾倉が建てられ,代官役所が設けられた。江戸末期には一時,四文銭を鋳造する銭座が置かれた。1869‐71年(明治2‐4)小菅県の県庁がここに置かれ,小菅県が廃されてのちの77年小菅監獄(現,東京拘置所)に転用された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

こすげ【小菅】

東京都葛飾かつしか区西部の地名。荒川放水路の東側に位置する。北西端には1877年(明治10)以来小菅監獄(現在は東京拘置所)が置かれた。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小菅
こすげ

東京都葛飾(かつしか)区西端、綾瀬(あやせ)川が荒川に合流する地点近くにある地区。首都高速道路6号三郷(みさと)線と中央環状線をつなぐ小菅ジャンクションがあり、東武鉄道伊勢崎(いせさき)線小菅駅(足立(あだち)区)に近い。地名の菅(すげ)は茅(かや)のことで、低湿地のこの地に茅が多く茂っていたことが地名の由来という。江戸時代には狩猟地であって小菅御殿があった。その後、江戸町会所の籾倉(もみくら)を建てた所で、32棟約60万俵の災害準備米が貯蔵された。なお、江戸末期には小菅銭(ぜに)座が置かれ、四文銭が鋳造された。その地は現在の西小菅小学校である。1869年(明治2)には小菅県庁が置かれたが、県庁廃止(1871)後に跡地にれんが製造所がつくられた。現在は近代的設備の東京拘置所のあることで知られる。[沢田 清]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

小菅の関連キーワード東京都葛飾区青戸東京都葛飾区奥戸東京都葛飾区小菅東京都葛飾区柴又東京都葛飾区白鳥東京都葛飾区新宿東京都葛飾区細田東京都葛飾区堀切東京都葛飾区水元東京都葛飾区四つ木

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

小菅の関連情報