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江戸町会所 えどまちかいしょ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

江戸町会所
えどまちかいしょ

備荒貯蓄兼金融機関。寛政4 (1792) 年老中松平定信により設置。米価騰貴や天災に際し江戸窮民に米,銭を交付し,一方土地家屋抵当の貸付けを行なった。資金は町民の積立て (→七分金積立 ) と幕府貸付金で,文政 11 (1828) 年には 46万両余に達した。明治5 (72) 年廃止後は会議所となり,ガス灯,道路修理などを扱い,東京府が引継いだ。 (→寛政の改革 )  

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

江戸町会所
えどまちかいしょ

寛政(かんせい)の改革の際、老中松平定信(さだのぶ)により1792年(寛政4)に設けられた、常設の窮民救済、備荒貯蓄、兼金融機関。具体的には、囲籾(かこいもみ)、七分積金、米、銭の交付や土地家屋抵当の低利貸付などを行う事務所を町会所と称した。建物は、浅草向柳原(むこうやなぎわら)に設けた籾蔵(もみぐら)の構内につくられた。職員としては座人(ざにん)(地主5人)、座人手付(てつき)(家主6人、座人の下で働く)、用達(ようたし)(10人、勘定所用達商人、金銭の出納をする)、用達手代、肝煎(きもいり)名主(6人、積金の受理や町々への通達)で、勘定奉行所(ぶぎょうしょ)と町奉行所の両町会所掛が監督した。囲籾は始終新米と古米とを詰め替え、町方推定人口50万の30日分を目標に貯蔵したので、籾蔵を深川大橋向、神田筋違橋(すじかいばし)内、小菅(こすげ)村に増設した。窮民への米、銭の交付は、名主の承認を得て家主が申請して窮民に与えられた。大きな火災や水害などのおりは救小屋(すくいごや)を建てて罹災(りさい)者を収容した。同所は1872年(明治5)に廃止されたが、それまで積み立てられていた多額の資金は、養育院の設立をはじめとする社会救済事業や、道路橋梁(きょうりょう)の営繕事業などに幅広く活用された。[南 和男]

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世界大百科事典内の江戸町会所の言及

【七分積金】より

…また各町留保の節減分を,一分積金として独自に運用する町もあった。
[江戸町会所の機能]
 七分積金は毎年2万~2万5000両に及び,勘定奉行所や町奉行所の監督の下,江戸町人の代表によって運用された。このため神田向柳原(むこうやなぎわら)には12棟の囲籾蔵(かこいもみぐら)とともに江戸町会所が設置された。…

※「江戸町会所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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