岩谷時子(読み)イワタニトキコ

デジタル大辞泉の解説

いわたに‐ときこ〔いはたに‐〕【岩谷時子】

[1916~2013]作詞家。朝鮮の生まれ。本名、トキ子。「愛の讃歌」など、シャンソン訳詩を手がけた後、歌謡曲の作詞家として多くのヒット曲を生んだ。代表作は「恋のバカンス」「君といつまでも」「男の子女の子」など。また、「レ・ミゼラブル」などミュージカルの訳詩も多く手がけた。

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百科事典マイペディアの解説

岩谷時子【いわたにときこ】

作詞家,詩人,翻訳家。本名岩谷トキ子。植民地時代の韓国ソウルに生まれる。5歳の時に兵庫県西宮市に移住。西宮市立西宮高等女学校を経て,神戸女学院大学部英文科を卒業。宝塚歌劇団出版部に勤め,機関誌《歌劇》の編集長となる。当時15歳の越路吹雪と出会い,1951年越路が宝塚を退団し東宝の専属となった際に,岩谷も退職し東宝文芸部に所属した。以後越路が亡くなるまで約30年にわたり越路のマネージャー役を続けた。1952年越路の歌うシャンソン《愛の賛歌》の訳詞をきっかけに訳詞・作詞を始め,宮川泰,いずみたく筒美京平加山雄三などの曲に歌詞を提供,1969年の《いいじゃないの幸せならば》(佐良直美,いずみたく作曲)がレコード大賞を受賞するなど数々のヒット曲を生み出した。それまで七五調が主流だった歌謡曲に,自然な会話を思わせる穏やかできれいな日本語の言葉や言い回しを持ち込み,一時代を画した。ミュージカルの訳詩も多く,代表作に《王様と私》《レ・ミゼラブル》など。晩年に岩谷時子音楽文化振興財団を創立,岩谷時子賞を創設した。2009年文化功労者

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

岩谷時子 いわたに-ときこ

1916-2013 昭和後期-平成時代の作詞家,翻訳家。
大正5年3月28日朝鮮京城生まれ。昭和14年宝塚歌劇団出版部に入社。26年越路吹雪と共に東宝へ移籍,のち越路のマネージャーとなる。「愛の讃歌」「ラストダンスは私に」の訳詞のほか「恋の季節」「お嫁においで」「男の子女の子」などの作詞をした。平成21年作詞家としてはじめて文化功労者となる。平成25年10月25日死去。97歳。神戸女学院大卒。本名はトキ子。

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