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川崎九淵 かわさききゅうえん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

川崎九淵
かわさききゅうえん

[生]1874.3.30. 松山
[没]1961.1.24. 東京
能楽囃子方。葛野 (かどの) 流大鼓。本名利吉。幼少より喜多流の謡を習い,1881年越智義高,東正親につき大鼓の稽古を始める。 99年上京して津村又喜に師事,同年『西王母』で初舞台。 1902年葛野流宗家代理となる。

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デジタル大辞泉の解説

かわさき‐きゅうえん〔かはさきキウエン〕【川崎九淵】

[1874~1961]能の大鼓方(おおつづみかた)。葛野流(かどのりゅう)宗家預かり。愛媛の生まれ。近代の大鼓の名人で、地拍子理論を確立した。芸術院会員。

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百科事典マイペディアの解説

川崎九淵【かわさききゅうえん】

能楽師。葛野(かどの)流大鼓方。本名利吉。重厚峻厳(しゅんげん)な芸風。小鼓の幸祥光(こうよしみつ)とのコンビは,明治から昭和に至る能の柱であった。能の囃子(はやし)の理論を確立。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

川崎九淵 かわさき-きゅうえん

1874-1961 明治-昭和時代の能楽師大鼓(おおつづみ)方。
明治7年3月30日生まれ。葛野(かどの)流の津村又喜に師事し,独自に技を開発。気迫にみちた芸風で知られ,また地拍子や能楽囃子(ばやし)の理論を確立した。昭和25年葛野流宗家預かりの役につく。28年芸術院会員。30年最初の人間国宝となる。昭和36年1月24日死去。86歳。愛媛県出身。本名は利吉。

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世界大百科事典 第2版の解説

かわさききゅうえん【川崎九淵】

1874‐1961(明治7‐昭和36)
能楽,葛野(かどの)流大鼓方。愛媛県松山市生れ。本名利吉。素人から志を立て1899年上京,津村又喜ほかに師事した。若年から抜群の技量を示し,芸の真髄を会得し,地拍子(じびようし)と能楽囃子を理論的に解明した。能楽会の囃子方養成事業にも尽力,吉見嘉樹(よしき)(1893‐1969),亀井俊雄(1896‐1969)らの有能な後継者を育てた。1950年葛野流宗家預り,53年芸術院会員,54年三役養成会首席講師,55年喜多六平太幸祥光(こうよしみつ)とともに能楽界最初の重要無形文化財保持者各個指定(人間国宝)に認定される。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

川崎九淵
かわさききゅうえん
(1874―1961)

能楽師。葛野(かどの)流大鼓(おおつづみ)方。本名利吉(りきち)。愛媛県松山に生まれる。初め同地で東新吾(しんご)に入門、1899年(明治32)上京し、津村又喜に師事。池内信嘉(のぶよし)が主宰した能楽会などで後進の指導にあたった。能楽界の硬骨漢として知られ、芸風も気迫に満ち、重厚峻厳(しゅんげん)、秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)と評された。また囃子(はやし)の音楽理論の確立にも貢献。1950年(昭和25)宗家預りとなる。53年芸術院会員に任じられ、55年重要無形文化財保持者の認定を受けたが、翌年9月舞台を引退した。[小林 責]

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