樹洞や崖の穴,あるいは建造物のすきまのような暗い穴の中に巣を営む野鳥のために,人工的に作られた穴のあいた箱で,繁殖を目的としたもの。巣箱に入る鳥は決して多くなく,日本では520余種も記録される鳥類の中で,わずか20種弱である。しかし,巣箱に入る鳥の多くは,農林水産業上有益な鳥が多いので,日本では昔から,政府機関(初めは農商務省,現在では農林水産省や環境庁)が,巣箱の架設を奨励し,それを日本鳥学会が専門的立場から指導・援助した。巣箱は,ドイツのベルレプシュ男爵Hans Freiherr von Berlepsch(1857-1933)の考案になるといわれ,彼は1905年にゼーバハにある領地400エーカーに2000個を架けた。この巣箱の90%は36種の鳥たちに利用され,たまたま同地方にカレハガの大発生が起こったとき,男爵の森だけは砂漠の中のオアシスのように青々と残った。以降巣箱の効用は世界的に認められ,今では野鳥保護に欠かせないものの一つとなっている。
巣箱に必要な条件は,穴(入口)の大きさが利用する鳥に合っていること,十分な奥行きと深さがあること,中が暗いこと,中が湿ったり水がたまったりしないこと,堅牢なこと,掃除がしやすいこと,安全な場所に架かっていることなどで,一般に,秋に架け,翌春から利用され,巣立ち後は清掃修復を行うなどの管理がたいせつである。なお巣箱に入らない鳥に対しては,巣台,巣棚,巣ポケットの設置,巣を作りやすくするための枝の剪定(せんてい)などが行われるが,日本ではまだ十分普及していない。巣箱は人間の家とは違い,繁殖専用の産院のようなものである。やたらに架けても効果がないし,架ける前に水,食物,隠れ家,安全などの条件が満たされることがたいせつである。従来の巣箱架設は,これらの点への配慮が行き届かないことが多かった。
執筆者:柴田 敏隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
野鳥に営巣させるために、樹木などに取り付ける箱をいう。1858年、ドイツ中部チューリンガー・ワルト山地のゼーバッハに住むベルレプシュH. F. von Berlepsh男爵が、自分の屋敷内に多くの小鳥用巣箱を架設し、普通は1ヘクタール当り5~10つがいが営巣する森で、営巣密度を10倍以上にあげることができることを示したため、世界に普及した。日本では、内田清之助(せいのすけ)と葛(くず)精一の指導で、1916年(大正5)に盛岡高等農林学校(現、岩手大学農学部)構内にかけられたものが最初とされている。巣箱を利用する鳥は、もともと樹洞に営巣するものに限られる。北アメリカやヨーロッパでは、それぞれ50種以上もの鳥が普通に利用するが、日本では20数種の記録があるものの、しばしば利用する鳥は、スズメ、ニュウナイスズメ、シジュウカラ、ヤマガラ、ムクドリ、コムクドリの6種にすぎない。また、ドイツの実験でも、著しく効果のあがった鳥は、一夫多妻の繁殖様式をもち、巣のごく周辺しか縄張りとしないマダラヒタキとシロエリヒタキの2種だけであった。鳥の繁殖を考えて巣箱をかけても、その効果は限られており、食物や生活空間は十二分にあるが、営巣する樹洞がない場合にのみ有効である。しかしこのような環境は、日本の都市周辺に多くあり、野鳥の保護思想の実践の一つとして、児童・生徒が巣箱をつくって架設し、観察、管理することの意義は大きい。日本で普通つくられる巣箱は、スギなどの板を加工するものがほとんどで、シジュウカラ(ほかにスズメ類とヤマガラも利用する)用と、ムクドリ用(コムクドリと兼用)の2種がある。巣箱は、秋と早春に掃除できるよう、一部が開くように工作し、周りに枝のない幹に、シュロ縄などでしっかりくくり付ける。人間のいたずら、ネコ、ネズミ類、ヘビの害を防ぐくふうが必要である。
[竹下信雄]
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