金属材料をはじめとする諸材料に力を加えて加工する工具に使用される,化学成分および金属組織を調整した鋼。工具としては,はさみ,包丁,かみそり,のこぎり,かんな,のみ,鎌などの手工具,金属材料を研削するためのバイト類や,塑性加工するためのダイスや圧延ロールなどがある。
手工具に用いられる鋼(刃物鋼)は炭素量1%前後の過共析鋼と呼ばれる炭素鋼が主である。包丁,はさみ,かみそりなどには,しばしば,13クロムステンレス鋼や,これにモリブデンを添加した高級刃物用ステンレス鋼が使用される。包丁やはさみは切れ味が重要であり,そのために研ぐことが必要である。この切れ味はモリブデンの添加で改善されるが,加工中の加熱回数が大きな影響を与える。刃物は溶製後に熱間で塑性加工して製造されるが,加工が完了しないうちに冷却してしまうので再加熱を必要とする。この加熱回数が1回から6回の間に切れ味は急激に悪くなり,6回以上ではほとんど変わらなくなる。これは,冷却により析出する一部の炭素と鉄との炭化物(セメンタイト)が,再加熱で地に溶け込まないために起こる現象と考えられている。刃物に用いられる鋼の組織としては,焼き入れられたマルテンサイト組織の硬い地に鉄および合金元素の微細な炭化物がモザイクのようにはめ込まれたものであることが望ましい。つまり硬度が高いばかりでなく,炭化物が刃先からこぼれ落ちにくいということも重要である。研ぎ出した刃先がなめらかな線に仕上がり,刃先の両面と工作物との間の摩擦力が低く保たれるように平滑に研磨できることが,よい刃物用の鋼の要件である。炭素鋼の場合は炭素量は1%前後である。一方,ステンレス鋼も1%炭素を含むものと0.3%前後炭素を含むものがあり,組織としてはマルテンサイトの地に合金元素の炭化物の微粒子が分散している状態で使用される。
金属を切削したり研削したりする場合には,大きな工具面圧と摩擦力が作用し,とくに摩擦力は大きな発熱をもたらして,場合によっては刃先が赤熱する状態になる。そのため金属材料の切削では潤滑と冷却とが重要であるが,工具用の鋼としては,加熱されてもマルテンサイトが容易に変態したり,炭化物が粗大化したりしないことがたいせつである。炭素量は炭素鋼の工具鋼と同程度の1%前後であるが,工作中の発熱による組織の安定化をはかるために,タングステン,クロム,バナジウム,モリブデンなどが添加される。また,焼入れ特性を考慮してマンガン,ニッケルを添加することがある。これらの工具鋼は耐摩耗性に優れ,衝撃にも耐えるように調質することができるので,単に切削工具材料とされるのみではなく,ブロックゲージなどのゲージ類,ぜんまい,ペン先などにも活用される。
俗にハイスともいわれ,金属材料の高速切削用にイギリスで開発された鋼である。開発当初,炭素1.5~2%,タングステン7~8%を含み,これにマンガン1~2%が添加されていた。さらにタングステンをモリブデンに代替したもの,コバルトやバナジウムを添加したものも研究された。現在はタングステン18%,クロム4%,バナジウム1%で,炭素を0.8%にしたいわゆる18-4-1型や,タングステンを14%にした14-4-1型などがある。コバルトを18-4-1型に2~16%添加したコバルト高速度鋼,タングステンの代りに8%のモリブデンを含むもの,クロムを含まずタングステン6%,モリブデン5%,バナジウム2%を含むものがある。この鋼の特徴は,切削中に刃先が赤熱状態になっても軟化しにくいところにある。
冷間加工用の工具鋼と熱間加工用の工具鋼がある。冷間加工用工具鋼は,耐衝撃性と耐摩耗性を高めるように調整されている。代表的なものとしては,冷間ダイス鋼として知られている炭素1~2%,クロム13%を含む高炭素高クロム鋼がある。冷間圧延用ワークロールには,炭素0.8~1.2%,クロム2~3%,モリブデン0.5%程度を含む鋼が使用されている。また冷間加工用工具材料としては,機械構造用合金鋼のうち比較的炭素量の高い(約0.5%)ものも使用することができる。これらはすべて焼入れ焼戻しにより,硬さとある程度の靱性(じんせい)が付与される。熱間加工用工具鋼としては,炭素約0.3%を含み,タングステン9~10%,クロム2~3%を添加した鋼や,タングステンを含まず,その代りクロムを5%程度に増量し,モリブデンを1~1.5%添加した鋼がよく使用される。冷間用工具と熱間用工具の使用温度区分は,冷間用がだいたい400℃以下で,それ以上の温度上昇が見込まれる場合には熱間用に開発されたものを使用すべきである。しかし熱間加工用工具鋼といっても,ふつう熱間加工用の工具鋼が使用できるのは,銅や銅合金の熱間押出しダイス,ダイカスト用金型などが限度である。鋼の熱間加工の場合には,ガラス潤滑を施すことによって押出しダイス,接触時間の短い熱間鍛造用ダイスなどに用いるのが限度である。
執筆者:木原 諄二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
機械加工用具の材料となる硬質の鋼の総称。組成と用途により次の6種に分類される。
(1)炭素工具鋼 0.6~1.3%の炭素を含む小型工具用材料。炭素量の少ないものは刻印やナイフなど靭性(じんせい)を要求されるもの、炭素量の多いものは、やすりやかみそりなど硬さを要求されるものに用いられる。
(2)切削用合金工具鋼 1~1.5%の炭素のほかに、1~2%のクロム、タングステン、バナジウム、ニッケルなどが添加される。バイト、ドリル、カッターなどに用いられる。
(3)耐衝撃用合金工具鋼 0.5~1%の炭素のほかに、1~2%のクロム、タングステン、バナジウムが添加される。たがね、ポンチなどに用いられる。
(4)耐摩不変形用合金工具鋼 1~2%の炭素のほかに、クロム、タングステン、モリブデン、バナジウムが添加される。ゲージ、抜き型、線引きダイスなどに用いられる。
(5)熱間加工用合金工具鋼 0.3~0.8%の炭素のほかに、10%以下のクロム、タングステン、モリブデンなどが添加される。ダイブロックなどに用いられる。
(6)高速度鋼 0.7~1.6%の炭素のほかに、多量のタングステン、モリブデン、バナジウム、クロム、コバルトなどが添加される。刃先が赤らむほど高速切削を行っても切れ味が保たれ、高級工具材料として用いる。
[須藤 一]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
バイト,ドリルなどの刃物,ねじ切り用,線引き用,ダイカスト用などの各種ダイスやゲージなど,種々の金属材料の切削加工や塑性加工などに用いる工具をつくるための鋼.要求性能の比較的軽い用途には,C 0.6~1.5質量% の安価な炭素工具鋼が広く用いられ,工具鋼全体の過半を占めている.耐衝撃用や,耐摩不変形用,熱間,冷間の加工用など高度の性能が要求されるもの,大きな寸法あるいは複雑な形状の製品などには,Cr,W,Mo,V,Niなどの元素を1種類または数種類組み合わせて添加し,硬い特殊炭化物を形成させて耐摩耗性を改善するとともに,焼入れ性や焼戻し軟化抵抗性を高めた合金工具鋼が多数利用されている.さらに高級な切削工具用としては,6質量% W,5質量% Mo,4質量% Cr,2質量% V,あるいは18質量% W,4質量% Cr,1質量% Vを基本組成とする高速度工具鋼も有名である.これらの工具鋼はいずれも焼入れ,焼戻しをほどこして,強靭な焼戻しマルテンサイトの素地に硬い炭化物を分散させた組織にして用いる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…(2)使用される際の金属組織に由来する名称 フェライト鋼,オーステナイト鋼,マルテンサイト鋼,二相鋼(高張力鋼ではフェライト+ベイナイトまたはマルテンサイト,ステンレス鋼ではフェライト+オーステナイト)など。(3)用途・特性による分類 (a)一般構造用鋼 低合金高張力鋼,強靱(きようじん)鋼,超強力鋼など,(b)機械構造用鋼 肌焼鋼,快削鋼,ばね鋼,ベアリング鋼,耐摩耗鋼など,(c)工具鋼 低合金工具鋼,高速度鋼,ダイス鋼,鍛造用形鋼,(d)耐食鋼 耐候鋼,耐硫酸鋼,耐水素誘起割れ鋼,ステンレス鋼,超合金耐食鋼など,(e)耐熱鋼Cr‐Mo鋼,ステンレス鋼,超合金耐熱鋼など,(f)特殊用途鋼 永久磁石鋼,電磁鋼板,制振鋼板,低温用鋼,非磁性鋼など(表2に用途別の種類をまとめて示す)。(4)有名な通称をもつ鋼 (a)KS鋼 本多光太郎の発明したCo‐Cr‐Wを成分とする永久磁石鋼で,焼入れをして使う。…
※「工具鋼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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