マルテンサイト(読み)まるてんさいと(英語表記)Martensite

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マルテンサイト」の意味・わかりやすい解説

マルテンサイト
martensite

鋼を高温から比較的速い速度で冷却したとき,拡散を伴わずに生じる組織。鋼の焼入れの効果はこの組織の出現量で判断される。その硬さは主として炭素量によって決り,金属元素の量,種類にはあまり関係しない。炭素量が約 0.2%以上のマルテンサイト結晶は体心正方格子であるが,それが急冷により炭素原子が動く間のないうちに面心立方格子のオーステナイトから体心格子に「ずれ」 (格子変態) を生じる結果と考えられている。体心格子は面心立方格子より原子密度が小さく,したがって変態の際は膨張するので,そのためのひずみを緩和するために,マルテンサイト中には転位や双晶が多く導入される。炭素量が少く Ms 点が室温以上の場合には,主として転位からなるマルテンサイトとなる。オーステナイトのマルテンサイト化には一定以上の冷却速度が必要なので,それをマルテン化の臨界冷却速度といい,CCT曲線図から求められる。ニッケルクロムマンガンなどは臨界速度を小さくするので,その合金鋼は冷却が遅くても焼きが入り,焼割れの危険が少い。マルテン化温度は一般に Ar″と記し,その開始終了の温度範囲の上限を Ms下界を Mf と記す。鋼種によっては温度変化でなく加工変形でマルテン化するものがあり,その上限温度を Md と記す。たとえば 18-8ステンレス鋼の Ms常温以下だから変態させるには深冷処理が必要であるが,Md は常温以上なので強加工すれば常温でもマルテン化する。これを加工誘起変態という。マルテンサイト組織を低温で焼戻すとトルースタイトソルバイトなどの組織となり,強度が低下し靭性を増す。焼入れ,焼戻しの処理と効果には微妙な点があり,工具や刃物熱処理が重視されるのはそのためである。マルテンサイトの名称はドイツの鉄鋼学者 A.マルテンスにちなむ。ハットフィールド鋼などの高 Mn 鋼や,オーステナイト系のステンレス鋼では,体心格子のマルテンサイト (マルテンサイトα′) とともに稠密六方晶のマルテンサイト (マルテンサイトε) も生じる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「マルテンサイト」の意味・わかりやすい解説

マルテンサイト
まるてんさいと
Martensite

ドイツの金属学者アドルフ・マルテンスを記念する顕微鏡組織の名称であり、本来は、鋼を焼き入れたときに生成するきわめて硬い組織を意味した。しかし近年では、鋼だけでなく、チタンや銅などの合金、あるいはジルコニアシリカなどのセラミックスの組織でも、「マルテンサイト変態」によって生成したものすべてをマルテンサイトと総称するようになった。

 マルテンサイト変態と通常の変態の相違を説明すると次のようになる。まず、通常の変態では、結晶を組んでいる各原子が周囲の原子との結合を断ち切って、別種の結合形式の結晶に組み込まれることによって変態が進行する。この場合、各原子が個別に活動しなければならないので、ある程度以上の温度でないと変態がおこらない。一方、マルテンサイト変態では、結晶を組んでいる原子の集団が将棋倒しのように一斉に動いて、新しい結晶に生まれ変わるので、室温以下の低温でも変態が進行する。しかも、原子相互の配置関係が変態の前後で変わらないので、変態が可逆的に進行することが多い。ニッケル‐チタン合金などの形状記憶材料(温めると変形前の形状に戻る材料)は、マルテンサイト変態の可逆性を利用したものである。

[西沢泰二]


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