内科学 第10版 「巨赤芽球性貧血」の解説
巨赤芽球性貧血(赤血球系疾患)
巨赤芽球性貧血は巨赤芽球の出現を特徴とする造血障害であり,ビタミンB12もしくは葉酸の欠乏によるDNA合成障害を原因とする.
分類
巨赤芽球性貧血はビタミンB12不足によるものと葉酸不足によるものに大別される.ビタミンB12不足による巨赤芽球性貧血のうち,自己免疫機序によりビタミンB12の吸収が低下し発症する巨赤芽球性貧血を悪性貧血(pernicious anemia)と称する.良性疾患であるこの貧血が悪性貧血とよばれる理由は,その原因が不明であった1920年代以前は致死的疾患であったことによる.
原因
ビタミンB12欠乏の原因を表14-9-3に示す.食事性のビタミンB12欠乏はきわめて厳格な菜食主義(ヴィーガニズム,veganism)以外で起こることは少ない.胃の障害によるビタミンB12欠乏は,悪性貧血,胃切除による貧血,加齢に伴う萎縮性胃炎により引き起こされる.悪性貧血は自己免疫性機序により発症すると考えられている.悪性貧血の患者においては,抗内因子抗体,抗壁細胞抗体などの自己抗体が検出されることが知られており,これらの自己抗体や活性化Tリンパ球を介した自己免疫性機序により,ビタミンB12と内因子との結合障害や壁細胞の傷害,胃粘膜の萎縮(typeA gastritis)がもたらされる.この一連の病的変化により,内因子の分泌不全,胃内の低酸状態に起因する食物-ビタミンB12の遊離不全などを介して,ビタミンB12の吸収が障害される.
表14-9-4に葉酸欠乏の原因を示す.葉酸欠乏の原因として,ダイエット,アルコール依存による栄養不足,吸収障害などの摂取不足のほか,妊娠などによる需要の増大があげられる.また,メトトレキサートなどの葉酸代謝に拮抗する薬剤により,欠乏することがある.
疫学
巨赤芽球性貧血のなかで,ビタミンB12欠乏と葉酸欠乏の頻度を比較すると,ビタミンB12の欠乏による巨赤芽球性貧血の頻度の方が圧倒的に高い.ビタミンB12欠乏においては,日本の調査研究においても,悪性貧血が61%,胃切除後ビタミンB12欠乏が34%,その他のビタミンB12欠乏2%,葉酸欠乏2%と,葉酸欠乏に比してビタミンB12欠乏の頻度が高く,ビタミンB12欠乏のなかでは,悪性貧血の頻度が最も高かった(小峰,2006).悪性貧血の発症率は北欧・米国白人で高く,報告によりばらつきがあるものの10万人あたりの年間発症率は10~50人とされている.これに対し,日本を含むアジアでは1~5人と発症率は低い.発症は高齢者に多く,発症のピークは65歳とされている.
病態生理
ビタミンB12は動物性食品から摂取され,欧米の食事を基準にすると摂取量は1日あたり3~30 μgである.必要量は1日あたり1~3 μgであることから,摂取不足によりビタミンB12欠乏が起こることはまれである.また,体内には1~5 mgの貯蔵があることから,胃切除などにより吸収が停止してもすぐには欠乏症の発症に至らず,胃切除後の巨赤芽球性貧血は発症までに平均して5〜6年を要するとされている.食物中の蛋白質と結合しているビタミンB12は,胃液中の塩酸の存在により遊離し,ハプトコリンと結合する.十二指腸に移行すると膵酵素によりハプトコリンが分解され,ビタミンB12は胃の壁細胞から分泌される内因子と結合し,回腸末端にて吸収される.ただし,1~5%のビタミンB12は受動的拡散により吸収されると考えられている.吸収されたビタミンB12はトランスコバラミンⅡ(TCⅡ)と結合し,細胞上にあるTCⅡ受容体を介して取り込まれる.図14-9-5に細胞内におけるビタミンB12の代謝を示す.細胞内に取り込まれたビタミンB12は補酵素として機能する.その1つは,メチオニン合成酵素の補酵素としての作用である.メチオニンは,N5-methyl-tetrahydro-folate(N5-CH3-THF)からホモシステインにメチル基が供与されることで合成されるが,この反応を触媒する酵素がメチオニン合成酵素であり,ビタミンB12はこの補酵素として作用する.このメチオニン合成反応によりN5-CH3-THFがTHFへと変換される.もう1つのビタミンB12の機能はミトコンドリアでのスクシニルCoA合成反応である.ビタミンB12は,methyl-malonyl-CoAからスクシニル-CoAへの異性化を触媒するmalonyl-CoA mutaseの補酵素として作用し,合成されたスクシニルCoAはTCA回路で用いられる.
一方,葉酸は植物性・動物性食物に幅広く含まれており,1日所要量は50~100 μgとされている.通常の食にはこの数倍の葉酸が含まれており,ビタミンB12同様摂取不足により欠乏状態になることはまれであるが,ビタミンB12と比較すると所要量に対する貯蔵量が少ないため,欠乏から発症までの時間はビタミンB12よりも短い.葉酸は空腸上部で吸収され,ビタミンB12同様,受動的拡散と能動的取り込みにより吸収される.吸収された葉酸はN5-CH3-THFの形で全身の細胞へと運ばれ,取り込まれる.取り込まれたN5-CH3-THFは,前述のようにホモシステインからメチオニンを合成する反応で,メチル基がはずれることによりTHFとなる.THFはN5, N10 methylene(CH2)-tetrahydro-folate(N5, N10-CH2-THF)やformyl-THFを経て,核酸合成における補酵素として用いられる(図14-9-5).すなわち,葉酸の不足もビタミンB12の不足もN5-CH3-THFからのTHFの合成不全という同じ代謝障害を介して核酸の合成障害をもたらすことになる.
臨床症状
貧血の症状は他の貧血と同様であり,易疲労感,頭痛,息切れ,動悸などを訴える.骨髄内溶血を反映し,軽度の黄疸を認めることがある.ビタミンB12・葉酸欠乏の本態が核酸合成の障害にあることから,巨赤芽球性貧血においては,貧血以外の症状を伴う.特に,貧血以外の症状として神経学的な異常は重要であり,診断時約30%の症例でその症状が認められる.典型的な神経障害は,しびれ感,感覚鈍麻,振動覚の低下などの末梢性神経障害であるが,認知症,抑うつなどの症状を呈することもある.このほか,舌乳頭の委縮による特徴的なHunter舌炎,萎縮性胃炎に伴う消化器症状などの症状を合併する.また,若年者では,年齢不相応の白髪の増加が認められることもある.
悪性貧血については,ほかの自己免疫疾患,特に慢性甲状腺炎などの甲状腺疾患の合併がしばしば認められる.また,胃癌発症の危険率が2〜3倍に上昇するとされており,胃癌は注意すべき合併症である.
検査成績
1)末梢血所見:
大球性貧血を認める.巨赤芽球性貧血以外の再生不良性貧血や骨髄異形成症候群などの造血不全症においても大球性貧血を認めることはまれではないが,巨赤芽球性貧血ではこれらの貧血に比べ,大球性変化が著明でありMCV値が120 fLをこえることが多い.また,貧血だけでなく白血球,血小板減少を伴った汎血球減少症を呈することが少なくない.
2)骨髄所見:
骨髄は正形成-過形成骨髄であり,特徴的な形態異常を呈する.赤芽球は核クロマチン構造が繊細な幼若な核を有する大型の赤芽球であり,この繊細なクロマチン構造はヘモグロビン合成が認められる段階においても保持されている.すなわち,核と細胞質の成熟乖離が認められる(図14-9-6A).また,骨髄球系においても形態異常が認められ,巨大後骨髄球などの異型が観察される(図14-9-6B).分節核球も通常は6分節以上の分節核球は認められないが,巨赤芽球性貧血においては6分節以上の過分節好中球が認められ,診断上重要な所見である(図14-9-6C).
3)生化学所見:
血清ビタミンB12もしくは葉酸が低値を呈する.また,骨髄での無効造血を反映して,間接ビリルビン優位のビリルビン上昇,LDHの上昇,ハプトグロビンの低下などの溶血所見が認められる.細胞内メチオニン合成酵素の活性低下により,基質であるホモシステインが蓄積され,その血中濃度が上昇する.ビタミンB12欠乏の場合は,malonyl-CoA mutaseの活性低下によりその基質であるmethyl-malonyl-CoAが蓄積し,尿中メチルマロン酸濃度が上昇する.
4)免疫学的所見:
悪性貧血における特異的所見として,抗内因子抗体,抗壁細胞抗体などの自己抗体が陽性となる.抗内因子抗体の感度は50~70%であるものの,特異度は90%以上と特異性が高い.一方,抗胃壁抗体の感度は高いが,ほかの萎縮性胃炎でも陽性となることがあり,その特異性は高くない.
治療
治療としてはビタミンB12欠乏の場合,吸収不全を原因とするため,注射によるビタミンB12の非経口投与を原則とする.初期治療として,B12 1000 μgの非経口投与を週3回,1カ月継続する.通常,血液所見は1カ月ほどで正常化する.舌炎,消化器症状もビタミンB12投与開始から比較的早期に改善するが,神経症状の改善は時間がかかり,不可逆的な症状として残存する場合がある.造血の回復とともに鉄欠乏状態が顕在化し,貧血が十分に改善しない場合があるが,その際は鉄剤の投与を行う.初期治療後,維持療法として3カ月に1度,ビタミンB12 1000 μgの非経口投与を継続する.経口投与については,受動的拡散など内因子以外の吸収経路があることから,ある程度の効果が期待できる可能性がある.実際に,1日あたり1000~2000 μgの大量のビタミンB12の経口投与でも非経口投与と同等の効果が得られるとする報告もある.ただし,それらの報告は大規模な臨床研究によるものではなく,また,ビタミンB12の吸収効率も病態により大きく異なることが予想されることから,その確実性については不明である.早急に治療効果を得る必要がある初期治療の段階で経口投与法を用いることはリスクを伴うため,経口投与法については,非経口投与により十分な効果が得られてから試みることが現実的であると思われる.ただし,その場合も検査値や自覚症状の観察と服薬の順守が必要である.葉酸の吸収は,吸収障害がなければ非常に良好であり,葉酸欠乏の原因は,前述のようにアルコール多飲者,高齢者にみられる摂取不足,妊娠に伴う需要増大などが多いため,通常5 mg/日程度の経口投与にて効果が認められる.
予後
適切な治療がなされれば,通常と同じ生命予後が期待できる.ただし,確定診断が遅れると,神経症状が残存しQOLの低下につながる場合があるため,注意が必要である.[張替秀郎]
■文献
小峰光博:DNA合成による貧血,三輪血液病学,第3版,pp972-1000,文光堂,東京,2006.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報