デジタル大辞泉
「アルコール中毒」の意味・読み・例文・類語
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アルコール‐ちゅうどく【アルコール中毒】
- 〘 名詞 〙 アルコール飲料の服用によって起こる中毒。慢性のものでは、身体のふるえやむくみ、思考能力の低下などの症状が出る。急性の症状としては、意識の混濁や昏睡(こんすい)などが起こり、死に至る場合もある。アルコール依存症。またはその結果としての身体的障害。アル中。
- [初出の実例]「アルコール中毒に罹って、ああ酒を飲まなければよかったと考へる様なものさ」(出典:吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉一一)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
アルコール中毒(中毒性神経疾患)
ほとんどが飲酒によるエチルアルコール(エタノール)中毒であるが,まれにメチルアルコールでも起こる.エタノールは網様体賦活系や大脳に対する強い抑制作用をもち,体温調節中枢,血管運動中枢,抗利尿ホルモン分泌を抑制し,神経系を中心に消化器系,呼吸器系,循環器系などに障害を起こす.アルコール依存症ではエタノールのほかに,栄養障害に伴うビタミン類欠乏による種々の神経・筋障害を生じる.ほかの薬物との相互作用による副作用も出現する.
1)急性アルコール中毒(acute alcohol intoxication):
急性アルコール中毒は,急激な大量のエタノール摂取により酩酊状態になり,種々の中枢神経症状を生じるが(表15-11-2),症状出現には個人差が大きく,性,年齢,心身状態,民族により異なる.エタノールはおもに小腸で吸収後,肝臓でアルコール脱水素酵素(ADH)によりアセトアルデヒドに変換され,さらにアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)により代謝される.ADH,ALDH遺伝子には多型性があり,酵素活性の高いADHβ2をコードするADH2*2遺伝子,不活性型のALDH2をコードするALDH2*2遺伝子を有する人はアセトアルデヒド代謝能が低下するため,血中濃度が高くなる.白人や黒人に比べ,日本人にはこれを有する人が多く,酩酊をはじめ急性中毒症状を生じやすい.
2)慢性アルコール中毒(chronic alcoholism)によるおもな神経・筋障害:
a)アルコール依存症(alcoholism)と離脱症候群(振戦譫妄):アルコール依存症では非飲酒者に比べ,脳が萎縮する.離脱症候群は,断酒後48時間以内に起こる.手指振戦,不眠,不安,不穏,幻覚,痙攣,悪心・嘔吐,発汗や頻脈などが出現する.痙攣発作は1~2回の全般性強直性間代性痙攣で,まれに重積する.脳波は90%で正常である.症状は数日で改善するが,一部は振戦譫妄に移行する. 振戦譫妄は,断酒後48~72時間に出現する.離脱症候群と同様の症状だが,より重篤で,譫妄などの意識障害,全身の粗大振戦,自律神経の過興奮状態を認める.症状は数時間から数週間持続後,回復するが,死に至ることもある. 治療はベンゾジアゼピンを投与し,十分な補液と電解質管理を行い,ビタミン剤,抗痙攣薬を投与する.
b)Wernicke-Korsakoff脳症:Wernicke脳症にKorsakoff症候群がしばしば合併するが,臨床病理学的には同一疾患であり,原因もチアミン(ビタミンB1:VB1)欠乏による.病理では,第3脳室や中脳水道周囲の灰白質,視床,乳頭体,四丘体,小脳や脳幹に壊死巣を認め,血管増生,神経細胞脱落とグリオーシスを認める.
Wernicke脳症は急性,亜急性に発症し,意識障害,眼筋麻痺,体幹失調を3徴とするが,すべてそろう例は少ない.錯乱,失見当識,記銘力障害などを認め,昏睡例は予後が悪い.Korsakoff症候群は認知機能障害と健忘症候群をきたす.錯乱状態となり,記銘力障害,短期記憶が高度に障害される.前向性健忘,逆行性健忘,失見当識や作話もみられる.
MRIでは上記部位に拡散強調画像(DWI),T2強調画像で高信号域を認める.拡散係数画像(ADC)マップでは低,または高信号を示す.血中VB1や赤血球中トランスケトラーゼ活性が低下する.治療はVB1を投与する. c)ペラグラ(pellagra):アルコールによるニコチン酸欠乏で起こる.顔面,手・足背など日光露出部に紅斑,色素沈着,皮膚肥厚(ペラグラ疹)を認める.下痢,舌炎,胃液分泌欠乏などの胃腸症状や貧血に続いて健忘,譫妄,錯乱,幻覚,妄想などの精神症状,ときに認知症を認める.末梢神経障害,痙性麻痺,失調,振戦,筋硬直なども出現する.血中ナイアシン値は低下する.治療にはナイアシン,ビタミン剤を投与する.
d)Marchiafava-Bignami病:アルコールに関連して脳梁の中心部の脱髄壊死を生じ,病変は前交連,後交連,半卵円中心,皮質下白質,中小脳脚へと左右対称性に広がるが,脳梁の上下最外層や灰白質は侵されない.成因は不明である.病理では,脳梁の菲薄化,空胞化を認める.脱髄を認めるがグリオーシスは目立たない. 急性例では意識障害と痙攣で発症し,ときに死亡する.亜急性例では大脳半球離断による高次機能障害,歩行障害をきたし,慢性例では進行性の認知症や脳梁離断症状(左手の失行,失書と触覚性呼称障害など)を認める. MRIでは病巣に一致して左右対称性にT1強調画像で低信号域,T2強調画像で高信号域および脳梁の最外層が比較的保たれた中心性壊死,菲薄化を認める.治療はビタミン剤投与や副腎皮質ステロイドの大量療法を行う.予後は比較的悪い.
e)橋中心髄鞘崩壊症(central pontine myelinolysis):電解質異常,特に低ナトリウム血症やその急激な補正中に発症する例や火傷,肝移植例に多い.低ナトリウム血症の補正速度を8 mmol/L/日以下に抑えると発症が減少する.成因は不明だが,血管性浮腫による浸透圧性脱髄が一因と考えられる.左右対称性の脱髄病変は橋底部のほか,半数に小脳,外側膝状体,内包,海馬,大脳白質,視床,基底核にもみられる(橋外髄鞘崩壊症).
低ナトリウム血症による意識障害と痙攣が生じ,補正後に構音障害,嚥下障害,四肢麻痺,外眼筋麻痺,行動異常,無言症,閉じ込め症候群などがみられる.橋外髄鞘崩壊症ではパーキンソニズム,舞踏アテトーゼ,ジストニアなどの不随意運動や小脳症状などを認める.
MRIでは,発症後1~2週間目に橋被蓋部中心にほぼ左右対称性の円形や三角形のT1強調画像で低吸収域,T2強調画像で高信号域を認める.
早期の適切な全身管理により改善するが,死亡や後遺症を残すこともある.VB1は無効である.
f)アルコール性小脳萎縮症(alcoholic cerebellar atrophy):飲酒に伴う栄養障害で起こる.亜急性に発症し,まれに急性発症や一過性の経過をとる.病理では小脳の上虫部がより障害され,MRIでは虫部の萎縮を認める.失調性歩行や下肢に強い協調運動障害を認める.治療はVB1を投与する.
g)アルコール性ニューロパチー(alcoholic neuropathy):栄養障害やVB1欠乏を伴うものと伴わないものがある.前者は急速に進行し,運動優位の脚気に類似した感覚・運動性ニューロパチーである.アルコール関連疾患によく合併する.大径線維を中心に軸索変性と節性脱髄を示す.後者は純粋のアルコール性ニューロパチーであるが,疼痛や灼熱痛,表在感覚障害を主体とする感覚優位の緩徐進行性のニューロパチーで,おもに小径線維優位に障害される.
四肢,特に下肢の遠位部優位の筋力低下,感覚障害を認め,振動覚低下,近位筋の筋力低下,自律神経障害(直腸膀胱障害,低血圧,低体温,発汗異常,消化管蠕動障害)などもみられる.神経伝導速度の遅延や筋電図で神経原性変化を認める.ときに髄液蛋白が増加する.飲酒中止やVB1の投与で改善する.
h)アルコール性ミオパチー(alcoholic myopathy): 急性および慢性アルコール性ミオパチー,低カリウム(K)性ミオパチー,心筋症が生じる.
急性ミオパチーには筋症状がなく,血清クレアチンキナーゼ(CK)上昇のみを認める無症候性から壊死性ミオパチーや横紋筋融解症まで存在する.横紋筋融解症は飲酒後に急激に筋肉痛,筋腫脹,腓返り,褐色尿などで発症し,筋力低下をきたす.慢性ミオパチーでは,徐々に発症する腰帯筋中心の全身の筋力低下,筋萎縮を認める.多くは血清CK値は正常だが,筋電図,筋生検では筋原性変化を示す.低カリウム性ミオパチーは,アルコールによるKの摂取不足や排泄の増大による低カリウム血症で起こる.おもに四肢近位筋が障害され,高クレアチンキナーゼ血症を認める.Kの補充療法により数日で改善する. i)メチルアルコール中毒(メタノール中毒)(methanol intoxication):中毒の多くは誤飲や自殺目的などの経口摂取による.肝でホルムアルデヒドとギ酸に分解され,ギ酸が神経系,心循環器系を障害する.代謝速度は遅く,初期症状は軽微でも,遅延性に重篤な症状が生じる.病理では両側被殻,尾状核や大脳白質に壊死や出血をきたす.初期はおもに消化器症状(悪心・嘔吐,腹痛,胃炎,膵炎)だが,摂取後6~30時間経って酩酊,痙攣,意識障害,視力障害,運動失調などの神経症状,肺水腫,循環不全,代謝性アシドーシスが出現する.MRIでは基底核や大脳白質にT1強調画像で低吸収域,T2強調画像で高信号域を示す.治療はアシドーシスの補正や必要に応じ血液透析・エタノール療法を行う.[熊本俊秀]
■文献
Harris J, Chimelli L, et al: Nutritional deficiencies, metabolic disorders and toxins affecting the nervous system. In: Greenfield’s Neuropathology, 8th ed (Love S, Louis DN, et al eds), pp 675-731, Hodder Arnold, London, 2008.熊本俊秀:血中エタノール濃度.広範囲 血液・尿化学検査 免疫学的検査(2),第7版,pp 522-525,日本臨牀社,東京,2010.McLean DR, Jacobs H, et al: Methanol poisoning: a clinical and pathological study. Ann Neurol, 8: 161-167, 1980.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
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「アルコール中毒」の意味・わかりやすい解説
アルコール中毒【アルコールちゅうどく】
急性中毒の軽度のものは酩酊(めいてい)であるが,高度になると運動失調,言語障害,失禁,人事不省となり,時に卒中様死,戸外における凍死を招く。病的酩酊は,比較的飲量が少なくとも,苦痛,不安,激怒等が起こり,時に暴行,犯罪を犯すもので,健忘症を残すことがある。慢性中毒は飲酒癖が長期にわたり(アルコール乱用),酒なしではいられぬ状態で,アルコールを摂取しないではいられない行動および精神状態が問題となるため,アルコール依存症とよばれる。身体症状としては,手が震え,心臓肥大,神経炎,胃腸・肝臓・腎臓等の障害が起こり,精神的には抑制を欠き,理解力,判断力も減退し,次第に高等な感情も鈍麻し,酒の入手のためにはうそをつき,職業を放棄し,社会生活ができなくなる。このような急性中毒とは違った生体変化をともなう状態をアルコール依存症と呼ぶ。この慢性中毒を土台として,特有の幻視,四肢の震え,数日にわたる興奮,不眠を伴う振顫譫妄(しんせんせんもう),主として被害妄想的な幻聴を特徴とするアルコール幻覚症,コルサコフ病等のアルコール精神病が起こる。一般に慢性中毒の治療は困難で,精神科病院等での入院治療を必要とする。
→関連項目アルコール依存症|アンタブス|記憶障害|ギャンブル依存症|錯乱|作話症|酒|心神耗弱|中毒
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アルコール中毒
あるこーるちゅうどく
アルコーリズムalcoholismの訳語として慣用されてきた用語であるが、現在ではその内容の大部分がアルコール依存症という用語に移行されており、わずかに急性中毒としてのアルコール酩酊(めいてい)の同義語として扱われる急性アルコール中毒が残されているだけである。
[加藤伸勝]
エチルアルコールまたはその含有飲料である酒類を一時的に飲用することによっておこる不適応行動、神経学的身体徴候、心理的変化が存在する場合をいう。社交的飲酒の範囲である軽度の変化は一般には含めない。なお、不適応行動とは、判断力の低下による暴行・わいせつ、社会的または職業的機能の障害をさす。身体徴候とは、顔面紅潮、舌もつれ、歩行障害、協同運動障害、眼振(眼球の律動的運動)などで、心理的変化とは、気分の変化、多弁、易刺激性、注意力の減弱などである。この状態は一般に酩酊とよばれる。
酩酊は普通酩酊と異常酩酊に区別される。普通酩酊では、中毒症状を呈しても、その言動などが飲酒時の状況に応じて変化し、異質的な反応を呈することなく睡眠に移行するものである。異常酩酊では、その言動が周囲の状況から理解困難なほど激しいものであるが、その変化が量的なものである場合は複雑酩酊といい、その変化が質的なもので、せん妄(もう)またはもうろう状態など意識障害を伴う場合は病的酩酊という。病的酩酊は体質も関係し、一般に中毒を引き起こす量としては少量であるにもかかわらず急激かつ著明な行動変化を示すので、アルコール特異体質性中毒ともいう。また、ごく少量のアルコールで激しい頭痛や胃腸症状を示すものをアルコール不耐性という。酩酊の程度は血液中のアルコール濃度と比較的よく並行する。血液1デシリットル当り150ミリグラム以上のアルコールが証明されれば、70~80%の人は酩酊している。また、500ミリグラム以上では昏睡(こんすい)から死に至る。
[加藤伸勝]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
アルコール中毒
アルコールちゅうどく
alcoholism
アルコール,ことにエタノールの飲用によって起る中毒。急性のアルコール中毒は短時間にアルコール飲料を多量に摂取した結果起る中毒症状であるが,これまで俗にアル中といわれていた疾患は,単なる中毒症状ではなく,薬物を摂取する心のあり方に問題の核心があることがわかってきた。そこで現在では「アルコール依存症」という用語が用いられている。急性アルコール中毒の場合は死にいたる場合もあるので,ただちに胃の内容物を吐かせ,保温をはかり,コーヒーや茶を大量に与えるなどの対策が必要である。大量のアルコールを継続的あるいは周期的に摂取している場合,次第に酒量が増加し,やがてやめることができなくなる。これをアルコール嗜癖または依存と呼ぶ。精神依存と身体依存とがある。アルコール摂取量を急に減らした際,焦燥感や空虚感に襲われる状態が前者で,後者は幻覚,けいれん発作,振戦せん妄 (→せん妄 ) などがみられる。やがてアルコール精神障害を示し,肝臓などの内臓障害,多発神経炎,脳症なども現れる。治療はアルコール依存の原因を除くことが必要で,単に禁酒だけを強制しても,またもとに戻ってしまうことが多い。
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