鉄欠乏性貧血(読み)テツケツボウセイヒンケツ

デジタル大辞泉 「鉄欠乏性貧血」の意味・読み・例文・類語

てつけつぼうせい‐ひんけつ〔テツケツボフセイ‐〕【鉄欠乏性貧血】

赤血球に含まれるヘモグロビンの量が減り、血液中のヘモグロビン濃度が低下している貧血。偏食、月経過多悪性腫瘍による慢性的な出血、胃切除による吸収不全、妊娠・出産などで鉄が不足することによって起こる。小球性低色素性貧血の一つ。

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EBM 正しい治療がわかる本 「鉄欠乏性貧血」の解説

鉄欠乏性貧血

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 鉄は赤血球をつくる際に必要とされるものです。鉄が不足すると十分な量の赤血球をつくることができず、赤血球のなかに含まれるヘモグロビンの量も減ってしまいます。ヘモグロビンは血液のなかで酸素を運搬する役目を担っており、不足すると臓器や筋肉に十分な酸素を送り届けることができません。これが鉄欠乏性貧血(てつけつぼうせいひんけつ)と呼ばれる病気で、貧血のなかでももっとも高頻度(こうひんど)にみられます。
 貧血によって身体組織への酸素の供給が減少すると、倦怠感(けんたいかん)、疲労感、息切れ、動悸(どうき)、顔面蒼白(がんめんそうはく)、立ちくらみ、狭心症などの症状がおこります。また、飲み込みにくくなることや、爪がさじのように反り返った状態になり、舌炎(ぜつえん)、口角炎(こうかくえん)などが現れます。氷をガリガリかじりたくなることがあります。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 鉄欠乏性貧血は、鉄の供給量と需要量(喪失量)のバランスが崩れてしまうことによって生じるものです。原因は、以下の4つに分けられます。
 ① 鉄の摂取不足(栄養不足、偏食)。
 ② 鉄の吸収障害 消化管からの吸収障害(胃切除後、吸収不良症候群など)。
 ③ 成長期や妊娠による鉄需要の増大。
 ④ 慢性出血性疾患による鉄喪失量の増加。
 一番多い原因は消化管からの出血性疾患によるもので、1日に2ミリリットルずつの慢性的な出血があると、鉄の供給量が需要量(喪失量)を下まわり、貧血をおこします。また、成人女性では月経過多のために鉄欠乏性貧血が多いと報告されています。

●病気の特徴
 女性に多い病気です。日本の成人女性の健康診断のデータでは、鉄欠乏性貧血は8.5パーセント、特に40代前半の女性では17.2パーセントと報告されています。(1)


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]原因となる病気の治療を行う
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 鉄欠乏性貧血の約半数が、消化管からの出血でおこると報告されています。特に50歳以上の男性と閉経後の女性の場合は、胃がん大腸がんによる出血が原因となる可能性があるため、上部消化管内視鏡などの消化管の評価が推奨されています。女性の場合には、月経過多による貧血が多いと報告されています。しかし、婦人科疾患に伴う不正性器出血が原因である可能性があるため、婦人科医による診察が必要です。出血の原因を診断、特定して治療することが、鉄剤補充後の貧血の再発を防ぎます。(2)(3)

[治療とケア]経口鉄剤による治療を行う
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 経口鉄剤の服用により、鉄欠乏性貧血は速やかに改善します。信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。しかし、経口鉄剤を処方された患者さんの多くが、気持ちが悪くなるなどの副作用を経験し、内服をやめてしまいます。このため、医師と相談して、鉄の吸収そのものは低下するが夕食中に食事と一緒に内服する、胃薬を併用する、インクレミンシロップ(鉄剤を含むシロップ剤、おもに小児用に使用されている)を試す、吐き気がなく調子のいい日だけでも内服するなどの工夫をする必要があります。どうしても服用できない患者さんでは静脈注射で鉄剤を補うこともあります。(4)(5)

[治療とケア]内服中、内服後の経過観察
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 鉄剤の内服を開始して7~10日で、血液中につくられたばかりの赤血球である網状赤血球が増えてきます。血液検査で、この網状赤血球が確認できれば、鉄剤の内服が効果的であったと判断できます。およそ3週間でヘモグロビンの値が上昇してきます。継続的に血液検査を行い、ヘモグロビンの値や貯蔵鉄(フェリチン)の値を確認する必要がありますが、経過観察の適切な期間などは明らかになってはいません。(3)


よく使われている薬をEBMでチェック

経口鉄剤(2)(3)
[薬名]フェロミア(クエン酸第一鉄ナトリウム)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]フェルム(フマル酸第一鉄)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]フェロ・グラデュメット/テツクール(硫酸鉄)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]インクレミン(溶性ピロリン酸第二鉄)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 経口鉄剤の服用により、鉄欠乏性貧血は速やかに改善することが、信頼性の高い臨床研究によって確認されています。

静注鉄剤(2)(3)
[薬名]フェジン(含糖酸化鉄)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] どうしても経口鉄剤が服用できない場合は、鉄剤の静脈注射を行うと効果のあることが、信頼性の高い臨床研究によって確認されています。アナフィラキシーショックのリスクがあるため、とくに初回投与時は、医療従事者の注意深い観察が必要です。(6)(7)


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
鉄欠乏になった原因を明らかにする
 鉄の摂取量不足、吸収不良、出血(とくに消化管出血、成人女性での月経)、需要の増加(成長期、妊娠)などのうち、どれが原因なのかを明らかにしなければ、根本的な治療はできません。

鉄を補えば貧血の一時的な改善は可能
 診断は、血液検査で確定できます。国際的な基準では血液中に貯蔵されている鉄であるフェリチンが10~15ナノグラム/ミリリットルを切った場合、鉄欠乏性貧血と診断します。この値が、赤血球を産生している骨髄内の鉄の値とよく相関するからです。日本鉄バイオサイエンス学会の鉄欠乏性貧血の診断基準は、ヘモグロビン12グラム/デシリットル未満、総鉄結合能TIBC)360マイクログラム/デシリットル以上、かつフェリチン12ナノグラム/ミリリットル未満であり、国際的な基準とも一致しています。診断がつけば、鉄剤によって鉄を補うことで貧血状態を改善することが可能です。(8) (9)

鉄剤は経口摂取が基本
 鉄の補給は、鉄の含有量が多い食物の摂取と、鉄剤の経口薬の服用によることが一般的です。なお、鉄剤の静脈注射は、アナフィラキシーショック(呼吸困難血圧低下などをおこす急激なアレルギー反応)の副作用の可能性があるため、はじめて使用する場合は、注意深い観察のもとで行う必要があります。

(1)内田立身, 河内康憲, 坂本幸裕, 他: 日本人女性における鉄欠乏の頻度と成因にかんする研究1981年~1991年の福島・香川両県での成績. 臨床血液. 1992; 33: 1661-1665.
(2)Goddard AF, James MW, McIntyre AS,et al.; British Society of Gastroenterology.Guidelines for the management of iron deficiency anaemia. Gut. 2011 ;60:1309-16.
(3)SHORT MW, DOMAGALSKI JE. Iron Deficiency Anemia: Evaluation and Management. Am Fam Physician. 2013;87:98-104.
(4)Kaffes AJ. Iron deficiency anaemia: a review of diagnosis, investigation and management. Eur J GastroenterolHepatol. 2012;24:109-16.
(5)Cancelo-Hidalgo MJ, Castelo-Branco C, Palacios S,et al.Tolerability of different oral iron supplements: a systematic review.Curr Med Res Opin. 2013;29:291-303.
(6)Wysowski DK, Swartz L, Borders-Hemphill BV, et al. Use of parenteral iron products and serious anaphylactic-type reactions.Am J Hematol. 2010 ;85:650-4.
(7)Rampton D, Folkersen J, Fishbane S, et al.Hypersensitivity reactions to intravenous iron: guidance for risk minimization and management.Haematologica. 2014;99:1671-6.
(8)Guyatt GH, Oxman AD, Ali M, Willan A, et al. Laboratory diagnosis of iron-deficiency anemia: an overview.J Gen Intern Med. 1992 ;7:145-53.
(9)日本鉄バイオサイエンス学会治療指針作成委員会. 鉄剤の適正使用による貧血治療指針第2版. 響文社. 札幌. 2009.

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六訂版 家庭医学大全科 「鉄欠乏性貧血」の解説

鉄欠乏性貧血
てつけつぼうせいひんけつ
Iron deficiency anemia
(血液・造血器の病気)

どんな病気か

 血液のなかにはさまざまな成分が含まれています。そのひとつに赤血球(せっけっきゅう)があり、そのなかに含まれるヘモグロビンは、体中に酸素を運ぶ重要なはたらきをしています。

 ヘモグロビンは、酸素と結合するヘムという物質と、グロビンという蛋白質が結合してできていますが、ヘムの合成には鉄が必要です。鉄は胃酸により吸収されやすい形に変わり、十二指腸や小腸から吸収されます。人の体のなかに約4g含まれており、約3分の2がヘモグロビン鉄で、残りは主に貯蔵鉄と、その他、血清、筋肉、酵素にも含まれています。

 普通は、体内の鉄の出入りはごくわずかでバランスは保たれていますが、何らかの原因でこのバランスが崩れることによって鉄欠乏症が起きます。鉄が不足するとヘモグロビンの産生がうまくいかなくなるために赤血球1個あたりのヘモグロビンが減り、赤血球の大きさが小さくなって、小球性低色素性(しょうきゅうせいていしきそせい)の鉄欠乏性貧血になります。貧血の90%以上がこの鉄欠乏性貧血です。

原因は何か

 鉄の欠乏は、供給量と需要量または喪失量とのバランスが負に傾くことによって生じます。表1に示すように、①食事性の鉄の摂取不足や消化管からの鉄吸収障害で供給量が不足した場合、②成長期や妊娠に伴って鉄の需要量が増えた場合、③慢性出血性疾患や月経過多により鉄の喪失量が増えた場合に、生体内の鉄バランスが負に傾き、まず肝臓、脾臓(ひぞう)、骨髄などの組織の貯蔵鉄が動員されて潜在的な鉄欠乏状態になります。

 貯蔵鉄が枯渇してくると血清鉄が次第に低下し、この状態が数カ月続くと小球性低色素性貧血(いわゆる「血が薄い」)となります。さらに進行して組織鉄が減少すると、貧血以外のさまざまな臨床症状が現れてきます。日本赤十字社の調査では、男性の0.5%、女性の12.7%が鉄欠乏性貧血であるといわれています。

症状の現れ方

 貧血による組織への酸素供給量の低下を補うために、心拍数の増加による動悸や息切れ、()疲労感(疲れやすい)、全身の倦怠感(けんたいかん)、頭重感、顔面蒼白、狭心症様症状(胸の痛み)などの一般的な貧血症状が現れます。くわえて、組織鉄の欠乏が進むと爪がスプーン状になったり、口角炎、舌炎嚥下(えんげ)障害(プラマービンソン症候群)などがみられることもあります。

 なお、立ちくらみ(いわゆる脳貧血(のうひんけつ))はひどい貧血の場合にも起こりますが、多くは自律神経機能の低下により下半身の血管が縮まらず、その結果、上半身が血液不足になって起こります。小児の鉄欠乏性貧血のなかには、泥、ちり、(くぎ)、チョークなどを食べる異嗜症(いししょう)を示す症例もあります。

 貧血は徐々に進むことが多いため、ヘモグロビンが6~7g/㎗くらいまでに減少していても、体が順応して明らかな貧血症状がみられないこともあります。

検査と診断

 血液検査で、小球性低色素性貧血(MCV・MCHの低下)、血清鉄低値、総鉄結合能高値、貯蔵鉄を反映する血清フェリチン低値が認められた場合に鉄欠乏性貧血と診断されますが、原因がはっきりわからない時はさらに検査が必要です。60歳以上の高齢者では、鉄欠乏性貧血の約60%が消化管のがんなどの悪性疾患によると報告されているので、便潜血(べんせんけつ)や内視鏡などの検査も必要です。

治療の方法

 鉄欠乏の原因に対する治療と鉄の補給を行います。偏食などの鉄の摂取不足、成長期や妊娠による鉄の需要の増大、生理や過激な運動による鉄の損失などの場合は、普段から鉄分を多量に含む食品の摂取が大切です。動物性食品中には吸収されやすいヘム鉄が、植物性食品には吸収されにくい非ヘム鉄が多く含まれています。また、ビタミンCは非ヘム鉄の吸収を促進します。

 貧血がひどい場合や食事療法で改善が難しい場合は、経口鉄剤(硫酸第一鉄やさまざまな有機鉄)が1日100~200㎎前後で投与されます。鉄剤を服用すると便の色が黒くなりますが、心配はいりません。副作用として吐き気などの胃腸障害が時にみられますが、徐放性製剤(徐々に吸収されるように工夫されたもの)により軽減されます。なお、お茶に含まれているタンニンは鉄と結合して鉄の吸収を妨げますが、日常生活のなかで普通に飲んでいる程度ではさしつかえありません。

 鉄の補給は経口が原則ですが、吐き気などが強くて経口投与が不可能な場合や鉄剤の吸収障害がある場合、急速に鉄欠乏状態の改善を必要とする場合には、鉄剤の静脈注射による治療法が用いられます。しかし、この場合は鉄剤の過剰投与による障害(ヘモクロマトーシスなど)を避けるため、必要以上に投与期間が長くならないように注意が必要です。

 経口投与した場合の治療効果は、まず血清鉄が上昇し、網赤血球(もうせっけっきゅう)が7~10日後に増え、次いでヘモグロビンが上昇してきます。しかし、貯蔵鉄が完全に正常になるまでには3~4カ月程度かかるので、血清フェリチン値が十分に上昇するまで治療を継続します。

病気に気づいたらどうする

 内科を受診して血液検査をしてもらいます。鉄欠乏性貧血と診断された時は、鉄欠乏の原因を調べることが大切です。痔や子宮筋腫(しきゅうきんしゅ)など良性の疾患による鉄欠乏性貧血は、適切な鉄剤の投与によって治ります。しかし、成人の場合は消化器のがんが原因疾患であることがあるので注意が必要です。

 なお、出血などの明らかな原因がなく、2週間以上鉄剤を服用しても反応がない場合は、血液疾患の可能性もあるため、血液内科への受診が必要です。

日野 雅之


鉄欠乏性貧血
てつけつぼうせいひんけつ
Iron deficiency anemia
(子どもの病気)

どんな病気か

 血色素(けっしきそ)を作る原料のなかで、最も大切なものが鉄です。鉄欠乏は貧血を起こし、ひいては乳幼児における成長、発達の障害、年長児においては知的能力の低下にも関係するといわれています(貧血の一般的な事項については、「子どもの貧血」)。

原因は何か

 普通、私たちの1日の食事には30~40㎎の鉄が含まれています。鉄の吸収は小腸の上部で行われます。鉄欠乏が起こるのは、鉄摂取量の不足、吸収のまずさ、鉄の喪失、需要量の増大、もともとの貯蔵量の不足などの場合です。単独の原因で起こるよりも複合して発症することのほうが多いと考えられます。

 成長の加速する10~15歳ころの学童にみられる思春期貧血が女子に多い理由は、月経による失血が加わるためです。過激なスポーツによるスポーツ貧血もこれに拍車をかけます。

 長期に大量の牛乳を飲み続けて起こるものを、牛乳貧血と呼びます。この原因は単純ではなく、牛乳だけで満腹になってしまうなどの食事の偏りと、牛乳アレルギーによる蛋白漏出性胃腸症(たんぱくろうしゅつせいいちょうしょう)のための鉄吸収不全が考えられます。これはむくみを伴います。

症状の現れ方

 乳幼児においては、顔色不良のほかに活気がなく不機嫌となり、だるそうで食欲がなくなります。学童期になると、動悸や息切れ、めまいを訴えます(子どもの貧血)。

検査と診断

 前記の症状のほかに、理学的には心雑音が聞かれます。検査では末梢血液像と血清鉄(けっせいてつ)値が決め手になります。

 小球性低色素性(しょうきゅうせいていしきそせい)貧血では、MCV(平均赤血球容積)、MCH(平均赤血球血色素量)、MCHC(平均赤血球血色素濃度)がすべて低くなります。網赤血球(もうせっけっきゅう)というできたての赤血球の数は正常か少し増加します。血清鉄が低下し(50ng/㎗以下)、不飽和鉄結合能と総鉄結合能は上昇します。血清フェリチンも低下します(12ng/ml以下)。

治療の方法

 元の病気が何であるかにまず注目し、その治療を心がけます。鉄欠乏性貧血の治療は鉄剤の投与です。使用開始後1週ほどで網赤血球が増加し、貧血が改善していきます。鉄剤の使用は貧血回復後も2~4カ月続けます。食事の内容を点検し、その改善を図ります。

 タンニン酸を含むお茶やコーヒーは鉄の吸収を阻害するため、いっしょにとるのは避けたほうが無難です。ビタミンCは鉄の吸収を促進します。

細谷 亮太

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内科学 第10版 「鉄欠乏性貧血」の解説

鉄欠乏性貧血(鉄代謝異常症による貧血)

(1)鉄欠乏性貧血(iron deficiency anemia:IDA)
定義・概念
 酸素を運搬するヘモグロビン(Hb)はヘムとグロビンからなる.ヘムの構成要素である鉄が不足すると,ヘモグロビン合成が不十分となり,小球性低色素性貧血をきたす.この鉄欠乏性貧血は最も頻度の高い貧血であり,鉄供給の低下・鉄喪失の増大,鉄需要の増大が原因となる.鉄は生体にとって必要ないくつかの酵素活性にも関与しているため,鉄欠乏があると生理機能に支障をきたし,貧血症状以外にもさまざまな不定愁訴の原因となる.
原因・病因
 鉄欠乏状態は,供給と喪失の負のバランス,あるいは需要の増大によって引き起こされる.①鉄供給の低下は,過度の偏食やダイエットによる鉄摂取の不足,胃切除や消化管の吸収不良症候群などによる鉄吸収の低下が原因となる.②鉄喪失の増大は,消化性潰瘍,食道裂孔ヘルニア,憩室症,潰瘍性大腸炎,消化器癌,痔などによる消化管出血,寄生虫,過多月経(子宮筋腫や子宮癌),血管内溶血(ヘモグロビン尿)などが原因となる.③鉄需要の増大は,思春期児童の急激な成長,妊娠・授乳でみられる.
疫学
 鉄欠乏性貧血は最も頻度の高い貧血であり,特に女性に多く,その罹患率は10%程度とされる.女性の場合は,子宮筋腫による過多月経が原因となることが多い.成人男性では2%以下とされるが,潰瘍性病変,癌,痔疾患などの消化管出血が原因となることが多い.
病態生理
 腸管からの鉄吸収はわずかであり(1~2 mg/日),おもに赤血球鉄が再利用される.一方,鉄排泄もわずかで(消化管粘膜細胞・皮膚細胞の剥離や月経による失血で1~2 mg/日),生体における鉄動態は閉鎖系に近い.この鉄の供給と喪失が負のバランスになると,貯蔵鉄(おもに肝臓)が減少しはじめ,血清フェリチン値が低下してくる.体内の鉄が不足しているものの貧血をきたしていない状態は潜在性鉄欠乏とよばれる.さらに鉄が不足すると血清フェリチン値だけでなく,ヘモグロビン値も低下してきて,小球性低色素性貧血をきたし,鉄欠乏性貧血とよばれる.
臨床症状
 貧血による症状は,各臓器・組織の酸素不足によるものである.中枢神経系症状としては,めまい,頭重感,頭痛,失神などがみられ,循環器系では狭心痛,骨格筋系では全身倦怠感,易疲労感などがみられる.酸素欠乏に対する代償作用による症状としては,動悸,息切れなどがある.急激に貧血が進行した場合は,このような貧血症状が出やすいが,経過が緩徐な場合は,酸素不足に順応し,自覚症状が乏しいことが多い.
 身体所見としては,顔面が蒼白で,眼瞼結膜の色調が薄く,手掌の襞の部分の赤みが乏しくなる.また,匙状爪 (spoon nail)などの爪の変形もみられる.心臓の聴診で機能性収縮期心雑音,頸部の聴診で静脈コマ音(血管性雑音)を聴取する.その他,舌炎もみられ,舌乳頭や食道粘膜の萎縮,口角炎が起こる.下咽頭と食道の間にウェブ(水かき様の粘膜)ができるPlummer-Vinson症候群は,舌炎と嚥下障害を伴うIDAであるが,まれである.土や氷などを食べたがる異食症(pica)もIDA患者でみられることがある.
検査成績・診断
 ヘモグロビンの低値を認め,平均赤血球容積(mean corpuscular volume:MCV)が80 fL以下で,小球性貧血を示す.赤血球の形態は菲薄化し,奇形赤血球や大小不同が目立つようになる(図14-9-4).白血球数の異常はみられないが,血小板数がやや高値を示すことが多い.骨髄検査は一般に行われないが,細胞質が乏しく,辺縁が不整で好塩基性に染まる特徴的な赤芽球が認められる(図14-9-4).また,鉄染色を行うと,鉄芽球の著減がみられる.
 鉄代謝関連マーカーについては,血清鉄の低値,総鉄結合能(total iron binding capacity:TIBC)の高値(あるいは,不飽和鉄結合能(unsaturated iron binding capacity:UIBC)の高値),血清フェリチン値(貯蔵鉄の指標)の低下がみられ,診断は容易である.血清鉄の低下は,感染症や炎症性疾患などでもみられるため,血清フェリチンの測定は必須である.その他,トランスフェリン飽和率の減少がみられる. IDAを認めた場合は,原因検索を行うことが重要である.極端な偏食やダイエットの有無,胃切除の有無,消化管出血を疑わせる黒色便や下血の有無,過多月経,妊娠などについて,問診で確認する.検査としては,便潜血のチェック,上部・下部消化管の検索,婦人科受診が必要である.
治療
 鉄剤による治療が行われるが,経口鉄剤による内服治療が一般的である.輸血は原則として行われない.
1)経口鉄剤による内服治療:
硫酸第一鉄,クエン酸第一鉄,フマル酸第一鉄などが用いられる(100~200 mg/日).ビタミンCは鉄吸収を増加させるが,鉄剤の副作用も増えるため,一般に併用する必要はない.日本茶に含まれるタンニンは,鉄吸収を低下させるが,鉄の内服量が多いため,治療効果に対する悪影響はない.したがって,鉄剤内服時の制限は不必要である.
 鉄剤を投与すると数日で網赤血球の増加がみられ,その後,ヘモグロビン値が上昇してくる.なお,自覚症状の改善は貧血が改善する前から急速にみられるが,鉄を必要とする酵素の働きがよくなるためと考えられている.
 ヘモグロビン値が正常化した後も,貯蔵鉄(血清フェリチン値で判定)が回復するまで鉄剤投与を継続する(通常は3~4カ月).
 鉄剤の副作用は,悪心・嘔吐,腹痛,便秘,下痢などの消化器症状である.鉄剤の服用は空腹時の方が吸収がよいが,消化器症状が強い場合は,食後に服用するようにする.また,内服する時間を朝から就眠前に変更することもある.
2)鉄剤の静注治療:
副作用が強くて経口鉄剤を内服できない場合や,消化器疾患のために経口鉄剤の内服が好ましくない場合は,鉄剤の静注が行われる.静注の場合は,過剰投与にならないように,予め総鉄投与量を計算しておく.その計算法は,鉄投与量(mg)=[15−Hb(g/dL)]×体重(kg)×3である.[小澤敬也]
■文献
生田克哉:鉄欠乏性貧血.血液専門医テキスト(日本血液学会編),pp151-153,南江堂,東京,2011.

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家庭医学館 「鉄欠乏性貧血」の解説

てつけつぼうせいひんけつ【鉄欠乏性貧血 Iron Deficiency Anemia】

◎鉄分の不足によっておこる貧血
[どんな病気か]
 体内の鉄分が不足するためにおこる貧血で、もっともよくみられるものです。
 鉄分は、ヘモグロビン(血色素(けっしきそ))の主要成分ですが、鉄分が不足してくると、ヘモグロビンがうまくつくれなくなり、赤血球(せっけっきゅう)中のヘモグロビン量が減少してきます(低色素性)。また、赤血球の大きさも、小さくなってきます(小球性(しょうきゅうせい))。
 ヘモグロビンは肺で酸素と結合し、全身に酸素を供給するはたらきをしているので、ヘモグロビンが減少すると全身の組織や臓器が酸素不足になり、はたらきが低下してきます。
 圧倒的に女性に多くおこる貧血ですが、治療すれば確実に治り、心配はありません。
[症状]
 急におこることはなく、徐々に進行する貧血なので、だるさ、息切れ、動悸(どうき)を強く感じるといった貧血の一般症状(貧血とはの「貧血の症状」)がだんだん現われてきます。
 貧血がきわめてゆっくり進行した場合には、ヘモグロビン量が正常の半分くらいになっても、安静にしていれば症状を感じないこともあります。
 ひどい貧血が長く続いた場合に、爪(つめ)がスプーンのようにそり返ってくることがあります(さじ状爪)。
 またごくまれに、ものが飲み込みにくくなる(嚥下困難(えんげこんなん))こともあります。
[原因]
 鉄欠乏性貧血の原因には、つぎのようなものがあります。
●出血
 なんらかの原因で出血すると、血液中の鉄分が失われ、鉄欠乏性貧血の原因となります。
 痔(じ)、胃や腸の潰瘍(かいよう)やがん、寄生虫による腸管の傷、女性の子宮筋腫(しきゅうきんしゅ)などによって、少量の出血が長期にわたって続いている場合に、鉄欠乏性貧血をおこしやすいものです。
 体内の鉄分は、赤血球が壊れても再利用されますが、胃腸が吸収できる鉄分は1日わずか1mgにすぎません。ところが10mℓの出血があると、5mgの鉄分が失われてしまいます。すなわち失った分の鉄分を吸収して補うのには5日もかかるわけです。
 したがって、少量でも慢性的な出血があると、鉄欠乏性貧血がおこってくるのです。
●月経(げっけい)、妊娠、分娩(ぶんべん)、授乳
 月経や分娩では体外への出血によって、妊娠中は胎児に鉄分をとられるため、鉄分の不足がおこりやすいのです。また、母乳にも鉄分が含まれているため、授乳でも鉄分の不足がおこりがちです。
 このように、女性には鉄分が不足しやすい条件があるために、女性に鉄欠乏性貧血が多いのです。
●食品中の鉄分の不足
 鉄分は、肉類、レバーなどの食品に多く含まれていて、これらを適当に食べていないと、鉄分の不足がおこります。
 若い女性が美容食として生野菜を中心にした食事を続けたために、鉄欠乏性貧血をおこすこともあります。
●胃腸での鉄分の吸収不足
 胃や腸の粘膜(ねんまく)に異常があると、鉄分の吸収がうまくいかず、鉄不足になります。
 胃炎、胃下垂(いかすい)などの病気がある人や、胃腸を切る手術を受けた人は、鉄分の吸収がさまたげられて、鉄欠乏性貧血をおこすことがあります。
●鉄欠乏性貧血をおこす病気
 まれですが赤血球が血管内で破壊される病気があると、鉄分が尿に出てしまい、鉄欠乏性貧血がおこることがあります。
[検査と診断]
 鉄欠乏性貧血かどうかは、静脈から10mℓほど血液をとり、血液検査をすればわかります。この検査はどこの病院、医院でも受けられ、1週間以内に結果が出ます。
 赤血球数、ヘモグロビンの量(血色素量)のほか、ヘマトクリット値、平均赤血球容積(赤血球の大きさ)、平均赤血球血色素(赤血球に含まれるヘモグロビン量)などを調べます。鉄欠乏性貧血では、これらの値が低くなっています。
 また、血清(けっせい)フェリチンが低くなり、血清中の鉄分の量と総鉄結合能(鉄と結合する性質がある血液中のたんぱく質の量で、鉄分が得られないヘモグロビンのたんぱく質量をみる)も調べますが、鉄分が不足し、総鉄結合能が増加しています。
 鉄欠乏性貧血と診断がついたら、原因をさぐるために胃腸の出血、痔、便潜血などの有無をみる検査が行なわれます。女性の場合は、産婦人科の診察も必要です。これらは、あまり負担にならない検査なので、受けておくべきです。
◎鉄剤の長期服用で治る
[治療]
 痔(じ)、胃腸の潰瘍(かいよう)やがん、月経過多などの原因があれば、まずその治療が必要になります。
 鉄欠乏性貧血そのものは、鉄剤の内服で治りますが、長期間の服用が必要なので、かってな判断で内服をやめてしまわないことがたいせつです。
 鉄剤の内服を始めると間もなく血清中の鉄不足は解消されますが、からだ全体の鉄不足は続いていることがあるので、たいてい2~3か月は毎日鉄剤を内服しなければなりません。
 内服では効果があがらず、貧血がひどいときは、入院して静脈注射や点滴で鉄剤を使用することもあります。
●鉄剤内服中の注意
 人によっては、鉄剤の内服中に食欲の減退、胃のむかつきや不快感などがおこることがあります。このような場合は、鉄剤を食後すぐに飲むか、胃腸薬といっしょに飲むかすると、治まります。
 それでも調子がよくないときは、医師と相談して、鉄剤の種類を変えてもらうのも1つの方法です。
 なお、鉄剤を内服していると便が黒くなることがありますが、鉄分で色がついただけですから、心配ありません。
[予防]
 鉄分は、肉類、レバー、魚の血(ち)あいの部分などに多く含まれていますので、偏食を避け、ときどき食べるようにします。また、胃下垂などで胃腸の弱い人は、胃腸をじょうぶにするように努力すると予防になります。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「鉄欠乏性貧血」の意味・わかりやすい解説

鉄欠乏性貧血
てつけつぼうせいひんけつ
iron deficiency anemia

鉄の欠乏による貧血で,低色素性貧血,小赤血球貧血の代表的なもの。原因は,食事における鉄摂取量の不足,鉄の吸収障害,鉄の需要増加,慢性失血など。初期の症状は,疲れやすい,頭痛,食欲不振,動悸,呼吸困難,下肢の浮腫などで,続いて舌痛,口角炎,嚥下困難,月経障害,爪のサジ状変化などが現れる。症例の3分の2に無酸症があり,血清鉄が低下する。初潮から閉経期までの女性にきわめて多い。治療には各種の鉄剤を経口的に投与するが,副作用があるときには注射することもある。予防としては,常に鉄の含有量の多い食品を摂取することである。

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改訂新版 世界大百科事典 「鉄欠乏性貧血」の意味・わかりやすい解説

鉄欠乏性貧血 (てつけつぼうせいひんけつ)

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栄養・生化学辞典 「鉄欠乏性貧血」の解説

鉄欠乏性貧血

 鉄が欠乏することによって起こる貧血.低色素性小球性貧血で,赤血球が小さく,ヘモグロビンの量が少ない.

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「鉄欠乏性貧血」の意味・わかりやすい解説

鉄欠乏性貧血
てつけつぼうせいひんけつ

貧血

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の鉄欠乏性貧血の言及

【造血薬】より

…貧血の治療に用いられる薬剤。貧血にも種類があり,おもなものに鉄欠乏性貧血,悪性貧血(巨赤芽球性貧血),再生不良性貧血,溶血性貧血などがある。貧血の種類に応じて造血薬も選ばれる。…

【貧血】より

…つまり,貧血は症状であって,病名ではなく,種々の病気がこの中に含まれている。貧血は発生原因や赤血球の形によって,鉄欠乏性貧血,再生不良性貧血,溶血性貧血,鉄芽球性貧血,悪性貧血などに分けられ,このうち鉄欠乏性貧血が最も多くみられる。
[貧血の医学的な定義]
 医学的には,貧血は,血液の単位容積中のヘモグロビン濃度が,年齢および性を考慮した正常値に達しない状態と定義される。…

※「鉄欠乏性貧血」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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