市川団之助(読み)イチカワ ダンノスケ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「市川団之助」の解説

市川 団之助(6代目)
イチカワ ダンノスケ


職業
歌舞伎俳優

肩書
重要無形文化財保持者(歌舞伎脇役)〔昭和35年〕

本名
羽田 久太郎(ハネダ キュウタロウ)

別名
前名=実川 芦丸,市川 若松,市川 升三郎,俳名=三紅

屋号
三河屋

生年月日
明治9年 7月1日

出生地
京都府 京都市四条

経歴
幼時、実川芦鴈の養子となり、明治16年京都北座で実川芦丸の名で初舞台。20年養父上京し、初代市川左団次の門に入り市川升若と改名したのに伴い、上京して市川若松と改めた。30年9代目市川団十郎に入門、歌舞伎座で市川升三郎と改名。大正4年新富座で名題となり6代目市川団之助を襲名した。女形を主に四谷大国座、浅草御国座、本所寿座などの小劇場に出演したが、昭和以降、大歌舞伎に戻り、10年頃より初代中村吉右衛門一座で脇役専門に演じた。「恋飛脚大和往来(封印切)」の八右衛門、「桂川連理柵」(「帯屋」)のおとせなどが得意だった。35年歌舞伎界の最年長者として人間国宝(歌舞伎脇役)に認定された。

没年月日
昭和38年 9月27日 (1963年)

家族
養父=市川 升若(3代目)

伝記
道成寺 渡辺 保 著(発行元 駸々堂出版 ’92発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「市川団之助」の解説

市川 団之助(6代目)
イチカワ ダンノスケ

明治〜昭和期の歌舞伎俳優



生年
明治9年7月1日(1876年)

没年
昭和38(1963)年9月27日

出生地
京都・四条

本名
羽田 容造

別名
俳名=三紅

屋号
三河屋

経歴
幼時片岡芦鴈の養子となり、明治16年京都北座で片岡芳丸の名で初舞台。9歳の時、養父と上京。初代市川左団次の門に入り市川若松と改めた。その後9代目市川団十郎に入門、30年歌舞伎座で市川升三郎と改名。大正4年新富座で名題となり6代目団之助を襲名した。女方を主に四谷大国座、浅草御国座、本所寿座などの小劇場に出演したが、昭和以降、大歌舞伎に戻り、1代目中村吉右衛門一座で脇役専門に演じた。「封印切」の八右衛門、「帯屋」のおとせなどが得意だった。35年歌舞伎界の最年長者として重要無形文化財保持者の指定を受けた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「市川団之助」の解説

市川団之助(6代) いちかわ-だんのすけ

1876-1963 明治-昭和時代歌舞伎役者
明治9年7月1日生まれ。3代市川升若の子。片岡芦鴈の養子。明治19年東京へゆき,9代市川団十郎,7代市川団蔵に入門。大正4年6代団之助を襲名。初代中村吉右衛門一座で老役(ふけやく)などの脇役にすぐれた。昭和35年人間国宝。昭和38年9月27日死去。87歳。京都出身。本名は羽田容造。初名は片岡芳丸。前名は市川升三郎。俳名は三紅。屋号は三河屋。

市川団之助(3代) いちかわ-だんのすけ

1786-1817 江戸時代後期の歌舞伎役者。
天明6年生まれ。4代市川団蔵の次男。5歳から大坂で芝居に出,寛政12年3代団之助を襲名。若女方。文化3年から江戸で出演。芸巧者として知られ,「道成寺(どうじょうじ)」の「鐘に恨みは……」の型をつくる。病気と市村座の経営になやみ文化14年11月2日自殺。32歳。初名は市川団子。俳名は三紅。屋号は三河屋。

市川団之助(5代) いちかわ-だんのすけ

?-1864 江戸時代後期の歌舞伎役者。
市川当升に入門,大坂の舞台で修業した。天保(てんぽう)14年から江戸で若女方を演じ,15年5代を襲名。女房,年増(としま)役にすぐれた。文久2年大坂にもどる。元治(げんじ)元年11月死去。前名は市川森三郎。俳名は三紅。屋号は三河屋。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「市川団之助」の解説

市川 団之助(6代目) (いちかわ だんのすけ)

生年月日:1876年7月1日
明治時代-昭和時代の歌舞伎役者
1963年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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