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帝国都市 ていこくとしReichsstädte

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

帝国都市
ていこくとし
Reichsstädte

中世における皇帝直属のドイツ都市。領邦君主 (諸侯) に属する領邦都市 Landesstädteと区別される。帝国都市の起源はカロリング朝時代の王宮都市であるが,フリードリヒ2世 (在位 1215~50) の時代に地方領主から分離して帝国自体に属するという観念が確立した。帝国都市の法的地位は皇帝に対し臣従するとともに軍役や税を負担するが,他方ではみずから兵力を擁し,同盟締結権その他の特権を有した。一方,13~14世紀にできた元教会諸侯支配下にあった帝国都市は,軍役や税の負担の必要がなく自由都市と呼ばれていた。その後両者の区別はほぼなくなり,帝国都市は一般に軍役や税負担をかなり免除されて,帝国の行政から実際上独立化していった。帝国都市は概してライン地方から南ドイツにかけて多く,北ドイツには少なかった。またリューベックレーゲンスブルクを結ぶ線以東にはみられなかった。特に有名な帝国都市にバーゼル,シュパイエル,ウォルムス,マインツ,ケルン,レーゲンスブルク,フランクフルトアムマイン,ニュルンベルクなどがある。 1801~10年に帝国都市制度が廃止されたが,ウィーン会議 (1815) で,ハンブルク,リューベック (1937まで) ,ブレーメン,フランクフルトアムマイン (1866まで) が自由都市として復活した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

帝国都市
ていこくとし
Reichsstadtドイツ語

ヨーロッパ中世後期以降、神聖ローマ帝国において、皇帝ないし帝国に直属した都市。もともと領邦都市(領邦君主の支配権に服する都市)と対(つい)をなす概念で、後者に比べ大幅な自立性を有した点が特色であり、そのため帝国都市はしばしば自由都市と同義語とされるが、すべての帝国都市が自由都市になったのは、近世に入ってから、とりわけウェストファリア条約(1648)以降である。中世後期において真に自由都市の名に値したのは、かつての司教座都市が、司教の都市支配権を排除するなかで都市の自治と自由を戦い取り、その特権を皇帝から承認を受けた一部の帝国都市に限られていた。帝国都市は、帝国の構成員として帝国議会に代表を送ることが、大空位時代以降しだいに慣行化し、1498年以降、世俗諸侯、聖界諸侯と並んで、帝国議会内で第三部会を形成するようになった。[平城照介]

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世界大百科事典内の帝国都市の言及

【自由都市】より

…これらは,バーゼル,ケルン,シュトラスブルク(ストラスブール),ウォルムスなど司教都市に多い。旧来の帝国都市Reichsstadtが負っていた皇帝にたいする軍役・貢納義務からも解放されており,したがってその法的地位は帝国都市のそれよりまさっていた。しかし有力な帝国諸都市との区別は明確でなく,両者はしばしば自由帝国都市freie Reichsstadtとして一括されることとなる。…

※「帝国都市」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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