中国語方言群の一つで,広東省広州市や香港の標準方言に代表される。別名粤(えつ)語。広州のある珠江三角州から西江流域を中心に省南西部および広西南東部一帯に分布し,使用人口は推定4700万人。また東南アジアや北米〈華僑〉の間でも有力な方言である。その特徴は,一般に中古(隋・唐)の漢字音体系をよく保存している。たとえば広東語標準方言は,(1)北京語にない-p,-t,-k破裂音尾(入声)の音節を残し,(2)-nに加えて-m尾(咸,深摂)があり,(3)九声と言われる声調(音韻的には6種)が歴史音韻の〈四声・陰陽〉の分類とよく対応する。北京語との差異は,漢語方言一般のごとく,発音と語彙に顕著であり統辞面の一部にも見られる。この広東語は,北方より移住した漢族の言語を母型として形成されたであろうが,また古来〈百粤(ひやくえつ)〉と呼ばれた先住民族の影響も十分に考えられる。具体的にタイ系の言語基層を置く考えもあるが,その体系的解明は今後の課題である。清朝末,比較的早くから西欧と接触した広州や香港の都市文化は,外向的で進取の風に富む。また〈食は広州に在り〉の諺で知られる多彩な食文化を反映して,日本語にもシューマイ(焼売),チャーシュー(叉焼),ワンタン(雲呑)など広東語からの借用語がみられる。地名ホンコン(香港)も,広東語から英語のHong Kongを経由して入ったものであろう。
執筆者:辻 伸久
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…ただしこの(3)の例に見える〈先〉が,例えば広東方言では〈私は先に行く〉が〈我去先〉のように,共通語などの〈我先去〉という語順と異なる。しかしこうした例を取ってただちに広東語では修飾語が先,被修飾語が後という語順の大原則に外れるものがあるというのは正しいといえない。 広東語のこの〈先〉には,語気詞的な感じがかなり強く伴っていて,それがたとえば〈去〉という動詞の表そうとする内容を限定するものとしてその後に立つというのではなく,むしろ〈我去〉という主表現の全体に対してそれを限定する関係にあるのだと見ることも,必ずしも不可能ではないからである。…
※「広東語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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