中国、清(しん)末から中華民国初めの特異な思想家。字(あざな)は季平、号は四益、五訳、六訳。四川(しせん)省井研(せいけん)の人。その学説は六変したといわれているが、それは思想的視野の拡大によるもので、孔子の思想の正系の探究に始まり、それを一国家という限定的なものから世界的、宇宙的なものへと拡大解釈していった点に特色がある。その根底には清末公羊(くよう)学があって、戊戌(ぼじゅつ)の変法(1898)に加わった人々と共通の思想的基盤があるが、なかでも彼の『闢劉篇(へきりゅうへん)』『知聖篇』は、康有為(こうゆうい)の『新学偽経考』『孔子改制考』に影響を与えたとされ、また『大同書』の構想にも彼の思想との類似点がみいだされる。
[有田和夫 2016年3月18日]
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… 最後に清代今文学を集大成したのは,康有為である。彼はまず劉逢禄や廖平(りようへい)(1852‐1932)の説を継承発展させて《新学偽経考》を著し,古文経書はすべて劉歆の偽作であり,孔子の〈微言大義〉は今文経にこそ記されていると論じ,ついで《孔子改制考》で,孔子を孔子教の開祖だとし,さらに《大同書》では,《礼記(らいき)》礼運篇の大同小康説と何休の張三世説とを結びつけた大同世界(ユートピア)への三段階歴史発展説を説いた。彼は,この説にもとづいて,立憲君主政体をめざす変法運動を進めて失敗に終わったが,彼の学問的成果の方は,現代でもなお意義を失っていない。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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