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公羊学 くようがく Gong-yang-xue

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

公羊学
くようがく
Gong-yang-xue

中国,漢代の儒学の中心であり,『春秋三伝』 (『公羊伝』『穀梁伝』『左氏伝』) のうち,『公羊伝』を,『春秋』の経文の正統的解釈と認める学派。テキストは今文 (きんぶん。漢代に通用した文字で書かれたもの) を用いる。

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デジタル大辞泉の解説

くよう‐がく〔クヤウ‐〕【公羊学】

春秋」の意味を解説する「公羊伝」にもとづく学問。公羊高(くようこう)に始まり、董仲舒(とうちゅうじょ)何休(かきゅう)らによって伝えられた。理想社会の制度をさまざまに構想する。

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百科事典マイペディアの解説

公羊学【くようがく】

春秋》三伝中の《公羊伝》に基づき,王朝の交替,社会の進化を説き,政治を批判した学説。今文学(きんぶんがく)とも。前漢の董仲舒(とうちゅうじょ),後漢の何休(かきゅう)らが創始し,清末の康有為譚嗣同(たんしどう),梁啓超らに受け継がれた。
→関連項目【きょう】自珍

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世界大百科事典 第2版の解説

くようがく【公羊学 Gōng yáng xué】

中国の儒学で《春秋公羊伝》をはじめ今文経書(きんぶんけいしよ)を重んずる学問をいう。歴史的には前漢時代と清代後半とに行われたが,特に後者をさす場合が多い。春秋時代の魯国の歴史記録である《春秋》には,その解釈として《公羊伝》《穀梁伝(こくりようでん)》《左氏伝》の3伝があるが,前漢の武帝が董仲舒(とうちゆうじよ)らの献策をいれて儒学を政治原理として用い,博士官を設けて経学の伝授を行ったとき,先秦時代の古文経書ではなくて今文(前漢時代に通用していた隷書)で書かれた経書を教科書とした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

公羊学
くようがく

『公羊伝(くようでん)』の解釈学、また『公羊伝』を通して『春秋』に託された孔丘(こうきゅう)(孔子)の根本理念(微言大義(びげんたいぎ))を究明する学問をいう。『春秋』に関する3種の伝のうち、『左氏伝』は古文学、『公羊伝』『穀梁伝(こくりょうでん)』は今文学(きんぶんがく)であるところから、公羊学はつねに今文学対古文学の論争を背景にもち、しばしば今文学と同義に扱われる。また『左氏伝』が歴史的なのに対して、『公羊伝』は理論的なので、公羊学も純理的、思想的な学風となり、『公羊伝』の叙述が簡略なため、公羊学は創造的な拡張解釈を特色とする。『公羊伝』が書物として整理されたのは漢(かん)初のことであり、その研究解釈学ともいうべき公羊学は、前漢の董仲舒(とうちゅうじょ)に始まる。董仲舒を継承して、漢代公羊学を集大成したのは後漢(ごかん)末の何休(かきゅう)である。公羊学は、(1)左伝学派が周公を尊ぶのに対して、孔子を尊崇する。(2)父子の道を重んじ家族道徳を至上視する。そのほか倫理学的には行為の結果を問題にせずに動機を重んじ、「経に反して然(しか)る後(のち)に善なる」権を肯定し、君父の仇(あだ)は「百世といえども討つべし」と復讐(ふくしゅう)を強調し、「国じゅう人びと喜ぶ」ならば武力革命をも是認し、さらには侠気(きょうき)の礼賛、文実の二元論など、注目すべき主張が多い。清(しん)朝に至ってアヘン戦争(1840~42)以後、公羊学は学問研究の対象として、また変革のイデオロギーとして取り上げられ、とりわけ夷狄(いてき)観や復讐論、進歩史観は高く評価された。[日原利国]

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世界大百科事典内の公羊学の言及

【夷狄】より

…そしていずれ華夏の世界に同化されるべきものであった。このような考えかたを徹底させたのは春秋公羊学(くようがく)であって,《公羊伝》注釈家の後漢の何休は,自国以外は華夏の諸国といえども疎外する衰乱の世,華夏の諸国と夷狄とを区別する升平の世,華夏と夷狄との区別が消滅して世界がひとつに帰する太平の世,の3段階の歴史の展開を考えた。がんらい《公羊伝》においても,たとえ華夏の諸国であれ,いったん道義性を失ったときには夷狄なみにあつかわれ,華と夷とを峻別する意識はやはり顕著なのであるが,その《公羊伝》から何休のような考えかたが生まれたというのも,華夏と夷狄がすぐれて政治的,文化的な対概念であったからにほかならない。…

【考証学】より

…このため,19世紀中葉,国内矛盾が激化し列強の侵略が始まって,清朝の支配体制が動揺し始めると,学問のあり方が深刻に反省されるようになり,再び実践に役立つ学問が追求された。清末の公羊学派は考証学から出発しながらも,公羊学を変革の理論として発展させていったものである。 日本では荻生徂徠や山井鼎にすでに考証学的傾向がみられる。…

【三科九旨】より

…中国,孔子のつくった《春秋》の政治哲学に関する主張。《春秋》には《公羊伝(くようでん)》《穀梁伝》《左氏伝》の3学派があるが,このうち公羊学派のとなえた説で,後漢末に現れて漢代公羊学を集大成した何休によると,〈周を新とし,宋を故とし,春秋を以て新王に当つ。これ一科三旨なり〉すなわち天命が改まって新たに王となる場合,宋(殷)と周の子孫を大国に封じて新王とともに三王とする。…

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