改訂新版 世界大百科事典 「強制貯蓄」の意味・わかりやすい解説
強制貯蓄 (きょうせいちょちく)
物価が上昇するとき,人々の貨幣所得の上昇がこれに追いつかず,その結果実質所得と実質消費が減少することから生じる非自発的貯蓄を指す。したがって政府が法律等で国民に貯蓄を強制する場合は含まれない。所得から消費を差し引いたものが貯蓄であるが,それは通常,人々が自分の意思で進んで行う自発的貯蓄という形をとる。この貯蓄は金融市場(銀行等の金融機関)を通じて企業に貸し付けられ,産業の資本蓄積に役立つ。これに対して強制貯蓄は,物価騰貴を通じて実質所得が減少した結果やむをえず消費を切りつめることから生じる現象である。景気の上昇面やインフレが悪化するときは,貨幣賃金や固定収入(年金等)の増加は物価の上昇より遅れるのが通常である。このとき一般の家計の実質所得が減少した分だけ,信用創造を行う銀行や企業の利潤が増大する。また累進課税のもとでは物価上昇は税収の増加をもたらす。このような利潤や税収の増加は労働者等からの所得移転を意味し,企業や政府はこの分だけ資本蓄積を促進することができる。このような社会的貯蓄の増加が景気循環の上昇面で資本蓄積を促進することはハイエク,ミーゼス,シュンペーターらによって指摘された。たとえばハイエクは,強制貯蓄による資本蓄積は消費財部門と投資財部門の健全なバランスをくずし,経済を不安定化させると考えた。
執筆者:鬼塚 雄丞
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報