日本大百科全書(ニッポニカ) 「貨幣的景気理論」の意味・わかりやすい解説
貨幣的景気理論
かへいてきけいきりろん
景気循環がとくに貨幣量の変動によっておこるとする理論。信用創造が投資財部門の過度の拡張をもたらして景気循環をおこすとするハイエク説、信用創造と革新innovationとを結び付けたシュンペーター説などがその典型であるが、最近の期待(予想)と結び付いたマネタリストの説も含められよう。
[一杉哲也]
ハイエク説
好況とは生産過程の深化、迂回(うかい)化であり、不況とはその短縮である。迂回化とは、より時間をかけ、より長い生産過程を通過することであるから、生産物は増大する。短縮は生産物の減少を意味する。ところで、自発的貯蓄による貨幣が投資されて、投資財生産部門が拡大して迂回化が行われると、それが自発的に行われたという意味において、迂回化した生産過程は維持される。これに対して信用創造による貨幣が投資されると、物価上昇による強制貯蓄(これまでと同じ貨幣所得を得る者は、より少ないものしか入手できず、その差は社会的に貯蓄されたことになる)が迂回化をもたらすことになる。信用創造が続く限り迂回化は進められ、好況は維持されるが、無限の信用創造は不可能である。かくて信用拡大が止まれば、この間、より多い貨幣所得を得た人々は消費水準を回復しようとして消費を増大し、投資財生産よりも消費財生産が盛んとなる結果、生産過程は短縮され、やがて生産総量は減少するに至る。これが不況である。
[一杉哲也]
シュンペーター説
企業者が革新を経済に導入しようとするとき、信用創造による貨幣の投入によってこれを行う。これが好況である。革新は経済を攪乱(かくらん)して超過利潤を与えるから、次々とこれを模倣する者が現れ、革新が普及するにつれて利潤は減少し、また信用創造もやがて収縮に転じて経済は停滞する。これが不況である。このように景気循環は、信用インフレと信用デフレによって継起するとみるのがこの説である。
[一杉哲也]
マネタリストの説
マネタリストは資本主義経済を、長期的には完全雇用(摩擦的失業と自発的失業を除いたもの)を達成する自律性をもつとするが、短期的には貨幣量を必要以上(以下)に供給することによってインフレ(デフレ)が発生し、景気循環がおこるとする。
当局が需要増加のために貨幣増加率を増やしていけば、一時的には需要が増えるが、同時にインフレ率も高まり、当初は増えた供給も、やがて低下していき、結局はインフレと成長率マイナスのスタグフレーションとなる。
経済の航跡はもちろん、多様ではある。しかしマネタリストは、景気循環を引き起こすのは主として貨幣量の伸縮であると主張するのである。
[一杉哲也]
『F・A・ハイエク著、豊崎稔訳『価格と生産』(1939・高陽書院)』▽『J・A・シュムペーター著、塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳『経済発展の理論』全2冊(岩波文庫)』▽『加藤寛孝著『マネタリストの日本経済論』(1982・日本経済新聞社)』