ドイツの劇作家。北ドイツのディトマルシェンの貧しい左官の長男として生まれ、小学校卒業後、土地の教区管理所で従僕兼書記として働きながら、独学で文学的教養を培った。23歳のとき、ハンブルクの篤志家たちの知遇を得る。ハンブルクで1年勉強したあと、ハイデルベルク、ミュンヘンと遊学を試みたが、詩作にひかれる彼はついに学業を断念し、当時もっともてっとり早く金を稼ぐ手段であった劇作にとりかかる。こうして処女作『ユーディット』(1840)を完成する。これは同年上演され、一部の人々から賞賛されたが、劇作家として生活していけるだけの名声は得られなかった。翌年、中世の聖女伝説に基づく悲劇『ゲノフェーファ』を完成。2年後、デンマーク王から旅行扶助金を給与され、パリ、ローマ、ナポリを歴訪し、1845年ウィーンに落ち着き、ようやく執筆に専念する。
このころから運が向いてきて、すでに2年前完成していた市民悲劇『マリア・マグダレーネ』(1844)がケーニヒスベルクで初演されたのをきっかけに、各地で彼の作品が上演されるようになった。保守的なウィーンの劇場が彼に門戸を開いたのは、3年後のブルク劇場での『マリア・マグダレーネ』が最初であった。これ以後彼は、ウィーンを代表する劇作家の1人として、次々に悲劇『ヘローデスとマリアムネ』(1849初演)、悲劇『アグネス・ベルナウアー』(1852)、悲劇『ギューゲスとその指輪』(1856)、史劇『ニーベルンゲンの歌』(1861初演)などの話題作を発表した。ドイツ演劇史上、彼は古典派と近代派との橋渡し役として位置づけられているが、激しい情熱と純粋な理念とに衝(つ)き動かされる劇的人間の造型は、近代演劇の先駆というよりは近代演劇そのものである。彼の激動の生涯を克明に記述した日記は、ゴンクール兄弟、アミエルのそれに匹敵する優れた文学作品である。
[谷口 茂]
『実吉捷郎訳『ヘッベル短編集』(岩波文庫)』
ドイツの悲劇作家。古典主義とリアリズムの過渡期に位置する。ウェッセルブーレン(ホルシュタイン地方)の生れ。貧困のため22歳近くなってからハンブルクに勉学に出た。ハイデルベルク,ミュンヘンの大学で学び,1839年ハンブルクに帰還。処女作《ユーディットJudith》(1841)で名まえを知られた。旧約聖書外典の女主人公にフロイトにも通じる鋭い心理解釈を加えたものだが,もう一人の主人公ホロフェルネスをニーチェのツァラトゥストラの先取りとすることもできる。パリで完成した《マグダラのマリアMaria Magdalene》(1844)は悲劇の要因を身分差からでなく,市民社会の硬直したモラルから導いて,市民悲劇に新局面をひらいた。イタリア滞在を経て1845年からウィーンに定住し,三月革命も体験した。《ヘローデスとマリアムネ》(1849初演)は両性の対立と人間のエゴイズムを,《アグネス・ベルナウアー》(1852)は国家と個人の理念の対立を,《ギューゲスとその指輪》(1856)は伝統と進歩の問題を扱っている。三部作《ニーベルンゲン》(1861初演)はドイツの有名な伝説を人間的に動機づけ,新しい世界観の出現を描き,大成功した。ヘッベルの難解な思想の中心は,全対個の二元論,存在そのものが罪とされる個人の必然的滅亡と新しい世界史の展開である。ニヒリズムの作家とする見方もある。ほかに喜劇,抒情詩,叙事詩《母と子》,短編小説などがある。22歳から生涯書き続けられた日記は,ヘッベルを理解するうえでもまた同時代の資料としても貴重な読物である。
執筆者:奥村 淳
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…とくに夭逝したビュヒナーの《ウォイツェック》は19世紀後半に原稿が発見され,下層民を主人公とした自然主義の先駆作品として評価されたが,もう一つの《ダントンの死》とともに,20世紀になってからは現代演劇の先取りともみなされてくる。彼と同年生れのC.F.ヘッベルは近代特有の運命悲劇の可能性を唱えた。大工親方一家の新旧道徳観の衝突による悲劇を描いた《マリア・マグダレーナ》(1844)は,イプセンの家庭劇に直接つながるものである。…
…ジークフリートの死も,ブルグント族の滅亡もそのような力によって引き起こされ,物語はゲルマン的悲劇的結末へと突き進む。 F.フケー,F.ヘッベルをはじめ多くの詩人たちがこの叙事詩を作品の題材とし,R.ワーグナーの楽劇《ニーベルングの指環》は《ニーベルンゲンの歌》をはじめ広く北欧神話に題材をもとめた巨作である。なおこの叙事詩にはあとにのこされた肉親,縁者たちの悲嘆を歌った《哀歌》(1215年ころ成立)がある。…
※「ヘッベル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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