惟然(読み)いぜん

日本大百科全書(ニッポニカ)「惟然」の解説

惟然
いぜん
(?―1711)

江戸前期の俳人。名は源之(げんのじょう)。別号に素牛、風羅(ふうら)堂、鳥落人など。美濃(みの)国(岐阜県)関の人。元禄(げんろく)(1688~1704)初年芭蕉(ばしょう)に入門、1690年(元禄3)以降はよく師に随侍し、親愛せられた。とくに芭蕉最後の旅には、支考(しこう)らとともに随行、その病床にも侍した。師の没後は九州や東北、北陸地方を放浪し、1705年(宝永2)からは故郷に弁慶庵(べんけいあん)を結んで隠棲(いんせい)している。性は飄逸無頓着(ひょういつむとんじゃく)で、「風羅念仏」を唱導するなど奇行に富み、風狂のなかに清貧を楽しんで一生を過ごしたという。作風は軽妙洒脱(しゃだつ)、のちには口語調や無季のまで試みた。享年60余歳。編著に『藤の実』(1702)、『二葉集』(1702)などがある。

 水鳥やむかふのへつういつうい
[堀 信夫]

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精選版 日本国語大辞典「惟然」の解説

いぜん ヰゼン【惟然】

江戸前期の俳人。美濃の人。本名広瀬源之丞。別号素牛、鳥落人、梅花仏など。芭蕉の門人で、清貧の生活と世間を気にしない奇行が愛されたが、芭蕉後は風羅念仏を唱えて、諸国行脚無技巧を尊んで季語定型にとらわれない口語調の特異な句風をひろめた。編著「藤の実」「二葉集」。正徳元年(一七一一)没。

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世界大百科事典 第2版「惟然」の解説

いぜん【惟然】

?‐1711(正徳1)
江戸前期の俳人。は広瀬,通称は源之丞。初号は素牛。別号に鳥落人。美濃国関の人。1688年(元禄1)芭蕉に入門。芭蕉に近侍することが多かったが,師の没後,九州,奥羽,北陸等を行脚,蕉風を広める上に功績があった。擬声語を用いた口語調の軽妙な句を特徴とし,風羅念仏なるものを創始した。編著は《藤の実》(1694),《二葉集(じようしゆう)》(1702)等。〈水鳥やむかふの岸へつういつい〉(《惟然坊句集》)。

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