内科学 第10版 の解説
慢性心膜液貯留と心タンポナーデ(心膜疾患)
原因・病因
急性心膜炎の原因とオーバーラップする.中等度以上の慢性心膜液貯留の原因としては特発性,腫瘍性,尿毒症性が多い.急激な発症は血液の心膜腔への流入が原因であり,心筋梗塞による心破裂,近位部の大動脈解離や真性大動脈瘤による大動脈破裂,外傷やカテーテル手技などの医療行為に基づくこともある.
病態生理
正常の心膜腔は若干の陰圧となっており,心膜液の軽度の増加は心膜腔内圧のわずかな変化により調節できるが,大量の心膜液が貯留すると心膜腔内圧は上昇する.そして内から心室壁にかかる心室拡張期圧と外からかかる心膜腔内圧の間の圧較差すなわち「心室壁を介した伸展圧」は減少する.これがゼロまで減少すると1回拍出量は急激に減少する.心拍出量と血圧は当初は反射性の血管収縮と頻脈により維持されるが,流入障害がさらに高度になるとショックになる.
心臓外からの圧迫による拡張障害がおもな病態であり,拡張早期からの拡張期流入の障害と右心および左心の拡張期圧の上昇を生じ,最終的には不十分な前負荷による心拍出量の低下をもたらす.心室壁を介した伸展圧は血中BNP値と相関するため,心タンポナーデ時のBNP値は通常低値を示す.
吸気時に収縮期血圧が10 mmHg以上低下するとき,奇脈(paradoxical pulse)とよぶ.吸気時における胸腔内圧の低下が右房への静脈還流と右室拡張末期径を増大し,限られたスペース内で右室が拡大する結果,心室中隔を左室側に偏位させ,左室の1回拍出量が低下する.
臨床症状
1)自覚症状:
心膜腔内への突然の出血のような急性の場合にはショックとなり,意識消失することもある.進行が急激でない場合にはおもな訴えは労作時の息切れであり,これに潜行的に出現する食欲不振,体重減少,全身倦怠感,胸痛,嗄声,嚥下困難のような全身症状を伴う.
2)他覚症状:
末梢は冷たく,湿潤である.この病態の臨床所見は通常,頻脈,奇脈のほか,頸静脈怒張,肝腫脹,下腿浮腫,腹水などの右心不全所見であり,Beckの3徴として知られる静脈圧上昇,重篤な低血圧,心音の減弱といった古典的な所見「小さく静かな心臓」は典型的にはみられないことが多い.
検査成績
1)心電図:
洞性頻脈,低電位や心膜液に囲まれた心臓の振り子状の周期的な揺れを反映した電気的交互脈を認める.しかしこのような所見は特異的ではなく,高度の心不全や緊張性気胸といったほかの病態でも生じることがある.
2)心臓超音波検査(図5-12-2):
ベッドサイドで簡便に施行できる,心膜穿刺可能な部位を決定できるなど有用性が高い.増加した心膜液をecho free space として直接観察でき心臓の振り子運動を認めることもある.早期診断として収縮早期の右房虚脱および拡張早期の右室虚脱を認め,引き続いて奇脈,さらに進行すると収縮早期の左房虚脱が起こる.これらの診断には,Mモード心エコー法が有用である.奇脈と関連した所見として,Mモード心エコーや断層心エコーでは吸気時に心室中隔が急に左室側に偏位し,右室腔の拡大と左室腔の減少を認める.心臓の振り子運動はMモード法では心室中隔と左室後壁が平行運動することで示される.また,ドプラ心エコー所見として,吸気時の三尖弁と肺動脈弁(つまり右心系の心臓弁)の血流速度増大および僧帽弁と大動脈弁(つまり左心系の心臓弁)の血流速度低下が観察される.
3)心臓CT(図5-12-3)
,心臓MRI検査:
心臓超音波検査では心膜液貯留と心膜下脂肪との鑑別がしばしば困難であるが,これらはCT値,心臓MRIにて鑑別が可能となる.滲出性・収縮性心外膜炎の場合もあるため,CT,MRIにて心膜肥厚,腫瘍の有無などの評価が重要である.特に血中BNP濃度が上昇している場合には,悪性腫瘍の転移などを鑑別する必要がある.
4)右心カテーテル法:
1回拍出量の低下,上下大静脈,右房圧の上昇がみられ,15 mmHg以上となる.両心室の拡張末期圧,肺動脈楔入圧も右房圧と同程度に上昇している.圧波形では拡張早期の右室の充満が障害されるためy谷が減弱ないしは消失する.動脈圧をモニターすれば奇脈を観察することができる.
診断
症状と胸部X線写真より疑い,心臓超音波検査から診断される.心陰影は正常かまたは拡大する.緩徐に多量に貯留すれば心陰影は拡大し水瓶様となり肺野は明るい.急激に発症するケースで心陰影は正常である.診断の遅れは致命的であり,カテーテル検査時,大動脈瘤,心筋梗塞では心タンポナーデを引き起こしうることから,急変時には常に本症を念頭におくことが大切である.心タンポナーデの治療以外での心膜穿刺の適応は,細菌性,結核性,腫瘍性を疑う場合,治療に反応しない中等度以上の心膜液貯留であり,慢性心膜液貯留では必ずしも推奨されない.
鑑別診断
急激な発症例ではショックを起こすほかの疾患(急性心筋梗塞,重篤な不整脈,肺塞栓症,脳血管疾患など)が,比較的ゆっくり発症する際には収縮性心外膜炎,拘束型心筋症が鑑別疾患としてあげられる.経過・予後 急激に発症する例での短期予後は確定診断と治療の有無に依存し,長期予後は原疾患による.
治療・予防・リハビリテーション
心タンポナーデでは心膜穿刺を行い,心膜液をドレナージする.血行動態,心電図をモニターしながら透視下あるいは心エコーガイド下にて施行するが,心臓前面に10 mm以上のecho free spaceが認められれば安全に施行できる.急激な心膜腔への出血では緊急開胸を必要とすることもある.悪性疾患による心タンポナーデの際には再発予防に化学療法,放射線治療,それに心膜内へのテトラサイクリン系やブレオマイシンの局所投与による心膜癒着も試される.症状のある慢性心膜液貯留に対してバルーン心膜切開術や外科的な心膜開窓術が検討されるが,後者は心膜液ドレナージ後の再貯留,小房化,診断的心膜生検,血液凝固異常の場合に行う.心エコー上echo free space を認めても,充満障害の所見がなく臨床症状を伴わない慢性心膜液貯留に積極的な治療は行わない.[原田和昌]
■文献
Robb JF, Laham RJ: Profile in pericardial disease. In: Grossman's Cardiac Catheterization, Angiography, and Intervention, 7 th ed (Baim DS eds),pp 725-743, Lippincott, Williams & Wilkins, Philadelphia, 2006.
吉川純一編:心筋炎・心膜疾患.臨床心エコー図学 第3版,文光堂,東京,2008.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報