手話学習(読み)しゅわがくしゅう(英語表記)sign language learning

最新 心理学事典 「手話学習」の解説

しゅわがくしゅう
手話学習
sign language learning

手話習得のための学習を意味する。手話は,聾者社会で用いられている自然言語で,手指や表情,口形など身体全体を使う視覚言語でもあり,聴覚を用いる音声言語構造が大きく異なる。これまでの音声言語を基に構築されてきた言語習得のしくみの解明に,新たな題材を提供するという理論的・学術的な観点から,また聾児の言語指導という応用的・実践的な観点から,手話の習得過程に関する研究が進められてきた。

【第1言語としての手話】 両親ともに聾者であり,生まれたときから豊かな手話言語環境にある聾児は,第1言語first languageとして手話を習得すると考えられる。手話の習得過程について,音声言語との異同が明らかにされつつある。まず音声言語環境にある聴児の場合,意味のあることばを発する前に「アーアー」や「バーバー」など,母音子音と母音の組み合わせを繰り返し発する喃語期があるが,手話言語環境にある聾児においても手指モードで同様の現象(手指喃語manual babblingという)がある。ペティトーPetitto,L.A.とマレンテットMarentette,P.F.(1991)によると,聴児の音声喃語が出現する時期と同時期に出現し,手話単語を構成する要素(手の形,手の動き,手の位置)の組み合わせから成っていた。また,手話単語のように特定の意味内容や指示物をもってはいなかった。喃語の存在は,音声言語,手話言語を超えた言語習得過程に普遍的な現象であるといえよう。

 手話は身振りと同一のモダリティを使用しているため,見た目にはその形や動きから意味を類推しやすく,そのため音声語よりも容易に習得できると予想される。聾児の手話の初語first wordは,音声語よりも数ヵ月早く見られることが報告されている(Prinz,P.M., & Prinz,E.A.,1979)。ボンビリアンBonvillian,J.D.ら(1983)は,母親が聾者である聴児(アメリカ手話と英語がともに第1言語)で,手話による初語は生後7ヵ月に見られたが,音声語の初語は1歳になるまで見られなかったと報告している。初語が早期に出現する理由として,手話の表出に必要な運動器官の発達が音声語を表出するための調音器官の発達よりも先行すること,手や腕を外部から操作して手話の構成を手助けできる(親が子どもの手を取って手話を形作る)ことなどが考えられる。また,言語習得の基盤となる前言語的コミュニケーション(身振りやジェスチャー)が,音声言語の場合モード(聴覚-音声)が異なるが,手話言語では同一のモード(視覚-身振り)であり,その間の移行が容易に進むことも考えられよう。ただし,手話言語の習得の容易さは初語の出現のみに見られる現象である。2語発話の出現時期や50語習得の達成時期,文法的な要素の出現時期などについては,音声言語と手話言語の間で差がほとんど消失する。言語のより核心的な部分である文法や語彙の習得には,音声言語と同様の過程を経ることが明らかになっている。

 たとえば,ペティトー(1987)は,手話を獲得しつつある聾児の指さしpointingの発達過程を記述している。手話では,指さしは人称代名詞として機能している。すなわち,自身を指さして「わたし(1人称)」,対話の相手を指さして「あなた(2人称)」,第三者を指さして「彼(彼女,それ)」を表わす。音声言語では,人称代名詞の獲得はそれほど容易ではない。話者がだれであるかにより,同じ人がIになったり,Youになったり,Heになったりするためである。したがって,たとえば子どもがいつも自分に対してYouと言われるので,Youが自分のことを意味する語であると誤って覚えたりすることがある。これに対して,手話の2人称を表わす指さしは,すでに前言語的身振りでも用いられているので,このような誤りなしに獲得できるように思えるかもしれない。ペティトーは,前言語的な指さしと手話の人称代名詞としての指さしとの間に,発達的な非連続性があることを見いだした。すなわち,手話としての指さしが習得されるころ(1歳~1歳半),人に対する指さしがほとんど見られなくなること,そしてそれが出現し始めると,相手を示す指さしが自身を意味する語であると誤って覚えてしまう時期があることを明らかにした。形は同じであっても,前言語的な身振りとしての指さしがそのまま手話の人称代名詞となるのでなく,あらためて手話として獲得しなおされなければならないのである。

【手話環境と臨界期】 両親ともに聾者であり,日常的に手話を使用している場合,そのもとに生まれた聾児たちは第1言語として手話言語を習得するといえよう。ただし,そのような環境で手話を習得できるのは,聾児のおよそ10%といわれている。大多数の聾児の両親はともに聴者であり,子どもの聴覚に障害があると診断されたとき,手話を知らないことが多い。このような聾児たちが初めて手話と接するのは,聾学校に入ってからである。そこで聾児たちは,両親が聾者の聾児や手話をすでに習得している先輩と接することにより手話を学んできた。手話の習得過程の特徴は,手話話者の大多数が通常の言語習得環境の中でその言語を学んでいないことにある。このような状況が,手話の構造や使用にさまざまな影響を及ぼしていることが予想される。ニューポートNewport,E.(1988)は,成人聾者を,出生直後から聾者の両親のもとで手話を習得した聾者,4歳から6歳までに聾学校に入って,他の聾児との接触により手話を習得した聾者,12歳以降になって手話を習得した聾者の3グループに分けて,手話の形態的な語形変化の理解や産出能力を相互に比較した。文法項目によって多少の違いがあるが,手話の経験年数に関係なく,この三つのグループの間に到達度の差が見られた。そして習得の時期が遅れるほど,手話の形態レベルの分析が困難な傾向が強くなっていた。どれだけ長くその言語に接するかではなく,いつその言語と接触したかが,人生の後に至るまで影響を及ぼしていたのである。手話の習得にも臨界期critical periodが存在することが示されている。

【ホームサインhome sign】 両親とも健聴の聾児たちは,聾学校に入る前,あるいは手話が使える環境に入る前に,どのようにコミュニケーションを行なっているのであろうか。聾児たちは,しばしば家庭の中でのみ通じる身振りコミュニケーションを発達させている。これがホームサインである。ゴールディン・メドウGoldin Meadow,C.らの研究グループ(1984,2003)は,これを言語学の枠組みから分析し,そこにさまざまな構造が生まれていることを示している。まず身振りの語順に比較的一貫した傾向が見られた(たとえば動作主-行為,対象物-行為などの語順)。また,二つの身振り連鎖(2語文)のみを取り出し,どのような意味要素が表現されているかを調べてみると,動作が自動詞的な意味をもつ場合は動作主と行為が産出され,他動詞的な意味をもつ場合は動作主が省略され,その代わりに動作の対象が産出される傾向にあった。興味深いことに,このような特徴は,観察された聾児すべてに一貫して見られたが,母親の産出する身振りには見られなかった。周りの身振りの構造を模倣したのではなく,子ども自身が構造を生成していたことが示唆される。さらに身振り語の変化形についても調べている。どの言語にも名詞と動詞の区別が存在するが,このホームサインにもその区別があり,しかもそれが語形の変化により表示されていたのである。名詞的な身振りは,運動が縮小し,動詞的な身振りは手の位置が動作主や対象により変化する傾向にあった。これらの形態的な特徴は,手話言語にも存在している点で興味深い。身振り語を構成する要素の分析も行なわれている。ここでも手話言語と同様に,手の形や運動など語よりも下位のレベルが存在すること,これらの要素の数は限られ,聾児たちはそれらを組み合わせることにより,生産的に語を作り出していることが明らかになった。手話と同様,音韻レベルでも組織化されていることが示された。以上のように,言語の入力がきわめて限られているにもかかわらず,聾児たちは言語にきわめて類似した構造を生成させていた。これらの構造はいったいどこから生まれたのであろうか。聾児は成人聾者との接触はなく,手話を見たこともなかった。また親の使用している身振りにも,前述したような一貫した構造が見いだされなかった。したがって,言語的に乏しい環境下でありながら,子ども自身が独自に言語的な構造を作り出している可能性が高い。 →手話 →聴覚障害
〔鳥越 隆士〕

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