改訂新版 世界大百科事典 「預定」の意味・わかりやすい解説
預定 (よてい)
predestination
救いは神があらかじめ定めた恩恵(恩寵)の選びによるというキリスト教の教え。〈予定〉とも書く。この語はパウロの《ローマ人への手紙》8章29節〈神はあらかじめ知っている者たちを,さらに御子のかたちに似たものにしようとしてあらかじめ定めた〉に由来する。のちの教会では予知と預定を若干区別して,予知providenceを一般に〈摂理〉と訳すのであるが,ヘブライ語には古くはこの区別はなく,パウロの文章もその伝統に従って概念上の区別を立てていないとみられる。ヘブライ語の動詞jāda`は〈知る〉〈選ぶ〉〈預定する〉の意に用いられる。しかも救いの預定と滅びの預定を分けるだけでなく,救いに預定したがゆえに罰するという逆説さえいわれる(《アモス書》3:2)。パウロの先の個所はその意味で否定の否定としての力強い肯定を表すといってよい。ストア学派は世界霊魂の統一性にもとづいて時間の連続性を主張し,預定の概念を哲学的に明示したが,この意味での未来のたしかさをいう〈あらかじめ〉は聖書ではいわれていない(〈預言者〉の場合は神から言葉を“あずかる”という意味も含む)。アウグスティヌスは〈最後の審判〉にたえる者のみが預定をうけていると考えた。これは自由意志による救いをとなえるペラギウスに対し,神の絶対の主権性を強調したものである。カルバンはある者は救いに,ある者は滅びに預定されているとの〈二重預定〉を説いたが,これは神の全知と摂理を語るスコラ神学が自然神学に堕するのを防ぐものであった。しかしK.バルトは,預定の神をたんに隠れた恐るべき神とするこの考えを批判し,キリスト自身選ぶ神であり,選びの原理はその死と復活のうちに現れていると述べる。
→救い →摂理
執筆者:泉 治典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報