摂食・摂水中枢(読み)せっしょく・せっすいちゅうすう(その他表記)feeding/thirst center

最新 心理学事典 「摂食・摂水中枢」の解説

せっしょく・せっすいちゅうすう
摂食・摂水中枢
feeding/thirst center

間脳の視床下部外側部lateral hypothalamusは,摂食行動や摂水行動を引き起こすのに重要な働きをしていると考えられ,空腹感を生じる摂食中枢feeding center空腹中枢hunger center),および摂水中枢thirst centerとよばれる。一方,視床下部腹内側部ventromedial hypothalamusは,摂食行動の抑制に関係しているとされ,満腹感を生じる満腹中枢satiety centerとよばれている。

 哺乳類は,生存のために体温血液組成を狭い範囲に保つ必要性があるが,視床下部は一般に,体外の環境の変化に対応してそれらを調整する役割を担っている。この役割のことを,ホメオスタシスhomeostasis(恒常性維持機能)とよんでいる。ホメオスタシスは主に以下の3種の反応により調節されている。⑴ホルモンによる反応(液性反応humoral response) 視床下部ニューロンが感覚信号に反応し,下垂体ホルモンの血流への放出を促進あるいは抑制する。⑵内臓運動神経による反応visceromotor response 視床下部ニューロンが感覚信号に反応し,自律神経系における交感神経副交感神経の出力バランスを調節する。⑶体性運動神経による反応somatic motor response 視床下部ニューロンが感覚信号に反応し,適切な体性運動神経の行動反応を引き起こす。上記のうち,⑴と⑵は環境の変化に対応して自動的なプロセスとして始動するが,⑶は動機づけられた行動として発現する。摂食行動や摂水行動はそのような行動の一つである。

【摂食行動の調節】 ヘザリントンHetherrington,A.W.とランソンRanson,S.W.(1940)は,視床下部外側部を損傷すると食欲不振(拒食)anorexiaを,視床下部腹内側部を損傷すると過食による肥満を引き起こすことを見いだした。これにより,視床下部外側部は摂食中枢(空腹中枢)であり,視床下部腹内側部は満腹中枢であると考えられてきた。一方,フリードマンFriedman,J.(1994)は,摂食行動の調節には,脂肪細胞から放出され,視床下部ニューロンに直接作用するレプチンleptinというタンパクが重要な働きをしていることを明らかにした。視床下部の弓状核arculate nucleusには,レプチンレベルの上昇あるいは低下を検出するニューロン群がある。そこから室傍核paraventricular nucleusに送られる指令によって,食欲に関する液性および内臓運動反応が起こり,全身の細胞の代謝率が上がる。一方,そこから摂食中枢である視床下部外側部に送られる指令によって,体性運動反応である摂食行動が調節される(レプチンレベルが上昇すると視床下部外側部に抑制信号が送られ,低下すると促進信号が送られる)ことも明らかにされている。上記のレプチンがかかわる系のほかに,摂食行動の調節は,胃の膨張による機械的刺激が迷走神経vagus nerveを上行して延髄の孤束核nucleus of solitary tractニューロンの活性化,腸管刺激の反応として放出されるコレシストキニンcholecystokininの迷走神経や中枢神経への作用,膵臓のB細胞から放出されるインシュリンinsulinの弓状核や腹内側核への作用,グルコースの腹内側核や視床下部外側部への作用などによっても行なわれている。

【摂水行動の調節】 のどの渇きは,循環血液量の減少による容量性渇水volumetric thirst,および血液浸透圧の増加による浸透圧性渇水osmometric thirstによって誘発される。容量性渇水は心血管系にある圧受容器によって,血液浸透圧の上昇は終脳の終板脈管器官organum vasculosum of the lamina terminalis(OVLT)の浸透圧感受性ニューロンによって検出される。視床下部のバソプレッシン含有ニューロンは,これらの情報を受けてバソプレッシンvasopressinを分泌し,それが腎臓に直接作用し,体の水分保持を促すとともに,尿の産生を減少させる(液性調節)。一方,体性運動反応である摂水行動の発現については,浸透圧性渇水に関して,終板脈管器官の浸透圧感受性ニューロンから視床下部外側部ニューロンへの入力によって誘発されることが明らかになっているが,容量性渇水が行動に結びつく機序については不明な点が多い。
〔筒井 健一郎〕

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